route munakata 1




「で、何か申し開きはありますか、伏見君」

宗像はパチパチとジグソーパズルをはめ込みながら、伏見に尋ねた。伏見は舌打ちをして、「すみませんでした」と答える。

伏見は午後の合同訓練で第4小隊のほとんどの面子をしばらく動けない程度に痛めつけていた。その件に関して、さすがに淡島がおかしいと思い負傷した隊士に話を聞いたところ、揃いも揃って「伏見さんにやられました」と答えたのだった。さすがに淡島にこってり絞られたあとに宗像にまで報告がいき、伏見はこうして呼び出された。宗像は事情を知っていたために伏見を咎めることはしなかったのだが、嫌味っぽく「困りましたねぇ」と溜息を吐いてみせる。

「それにしても、なかなか派手に仕返しをしましたね、伏見君」
「なんのことですか」
「まぁ咎めはしませんよ。咎めはしませんが困りましたねぇ。第4小隊のほとんどは寮で養生させていますから、どうにも書類仕事が溜まってしまっているようです」
「……」
「どこぞの誰かが私情を挟んでこんなことになってしまったのですから責任をとるのがまぁ妥当と言えば妥当なんでしょうかねぇ。誰、とは言いませんが」

宗像がしきりに「どこぞの誰」を連呼するものだから、ついに伏見が折れて舌打ちをした。

「…わかりましたよ。第4小隊から仕事引き継いで、大半が回復するまでは俺がやりますよ。ただしその間は俺訓練参加しませんからね」
「それくらいは許しましょう。またこないだのようにオフィスで眠られても困りますし」

宗像の台詞に、伏見は苦々しい顔をする。

「あれはサーバーがダウンしたからですよ。それさえなければ難なく期間内に終わってました」
「おや、その前に一度上着をお貸ししましたが」
「…頼んでないですしあれは寝てたわけじゃなくて休んでただけです」
「素直じゃないですね」

宗像はふうと息をついて、またピースをはめ込む。パチリパチリとそれはどんどん完成形へ近づいていた。

「そういえば、背中の調子はどうですか」
「さすがにもう大丈夫ですよ」
「そのわりには右肩が少し下がっていますね」
「…?」
「おや、自覚がないのですか?」

伏見は肩をぐるぐる回してみたり、背筋を伸ばしてみたりするのだが別段痛みのようなものは感じない。しかし適当なものに映った自分を見てみると、確かに右肩が少し下がっている。伏見は心当たりがなく、首を捻った。

「伏見君、少し上着を脱いで畳のところに横になってもらっていいですか」
「…変なことしないでくださいよ」
「君は本当に失礼ですね。多分そちらの肩を痛めていたときに変な癖がついてしまったのでしょう。直して差し上げる、と言っているのですよ」

伏見はそういえば最近右肩ばかり凝って困っていたのを思い出し、それが改善されるなら、と大人しく上着を脱いで指示されたとおり畳敷きのところにうつ伏せになった。宗像もブーツを脱いでそこへ座り、伏見の背中の状態を確認する。

「少し押しても大丈夫ですか」
「え、ああ、はい。もうほとんど治ってるんで」

宗像は背骨と肩甲骨の位置と、それに繋がる筋やら筋肉をあらかた確認し、伏見の身体を起こした。身体を起こしたときにも同じようにそれを確認し、伏見に腕を回させる。そうしてから、「ふむ」と少し考える様子を見せた。

「どうしました」
「いえ、少々手荒になってしまいそうだな、と」
「少し痛いくらいならまぁいいです」
「そうですか」

宗像は手始めに、と伏見の腕を可動範囲ぎりぎりのところでぐるりとゆっくり回した。それなりに痛むらしく伏見は眉を寄せる。それを何回か繰り返したあと、宗像は伏見の右手を左肩に乗せて、左手で右腕の肘を掴ませた。そうして首を右に倒させ、その左肩を自分の手首でぐっと押した。それだけで相当の痛みが走り、伏見はぐっと息をつめた。それを見た宗像が「息はしてください」と指示を出す。仕方なく伏見はゆっくり息を吸ったり吐いたりする。それをたっぷり十回分くらい数えてから、宗像は伏見の腕を組み換えさせ、同じように右肩も押した。それを左右交互に首の向きを変えながら繰り返し、最後にまた腕を可動範囲ぎりぎりまで回し、今度は肩が外れるんじゃないかという位置でストップさせ、さらに肘を曲げさせて、呼吸を数えた。伏見はそろそろ汗が滲みはじめ、まだかまだかと痛みに耐える。

「いいですねぇ、君がそうして痛みに耐えている顔は」
「…わざと、ですか?セクハラで訴えますよ」
「いえ、こればっかりは真面目にやっていますよ」

宗像は伏見に腕を下ろさせ、肩の高さを確かめると、すこし凝りをほぐすようにそこを揉んだ。

「いかがです?上司に肩を揉まれる気分は」
「…悪くはないですけど、気持ち悪いです」
「まったく君という人は…さて、また横になってもらっていいですか?」
「終わったんじゃないですか?」
「身体の歪みというものはそこだけ直せばいいというものではないのですよ」

伏見がしぶしぶ横になると、宗像は伏見の背中を上から歪みを正すように押していった。時たま痛みが走るのか、伏見がくぐもった声を出す。

「…なんだかいけないことをしている気分になるのですが」
「仕方ないでしょう、背中押されると、声、出るのは普通でしょう」

宗像はあらかた矯正してしまうと、仕上げに、と伏見を横向きに寝かせ、腰から捻るようにして、ゴキリ、とそれを鳴らした。左右で同じようにし、首も左右でバキボキ鳴らした。そうしてから伏見を起き上がらせる。最後に歪みが矯正されているのを確かめているあたりに、ノックの音がした。

「室長、道明寺です」
「ああ、少々そこで待っていただいていいですか。すぐ済みますので」

宗像は「まぁこれで大丈夫でしょう」、と伏見の肩の高さが同じになっているのを確認して、上着を肩に乗せた。伏見がそれに袖を通すのを待ってから、座敷に腰掛けたまま、「入ってくださってかまいませんよ」と。

「失礼しま…え、」

道明寺は畳敷きの一角に伏見と宗像が並んで座っているのを見て目を丸くした。

「で、なんの用でしょう」
「あ、はい、一昨日の件の始末書を提出しにきたのですが…」
「そうですか。ご苦労さまです。机に置いて、退室して頂いて構いませんよ」
「で、では、失礼します」

道明寺は宗像の机に始末書を置くと、そそくさと執務室を出て行ってしまった。伏見はなんとなく黙ってそこに座ったままでいたのだけれど、道明寺の様子になんだなんだと不機嫌な顔になる。

「ふふ、なんだか誤解されてしまいましたね」
「はぁ…なんのことです」
「彼の思考は手に取るようにわかりますね。扉の前で待たされて、中に入ってみたら髪の乱れた伏見君と私が揃って畳敷きの一角にいたのですから、まぁ、わからなくもないです」
「…わざとじゃないんですか」
「さぁ、どうでしょう」

宗像はぐしゃぐしゃになっている伏見の髪を直しながら、「どうします?誤解をほんとうのことにしてしまいますか?」と愉しそうに笑う。

「冗談じゃないです。誰かさんのおかげで俺仕事溜まってるんで」
「ふふ、自分のせい、の間違いでは?」
「…とにかく、肩の件はありがとうございました。俺は仕事にもどります」
「まぁいいでしょう」

伏見はさっさとブーツを履き、執務室を後にした。確かに肩は楽になっていて、少し驚いた。器用なものだなぁと思う。ガラスに映った自分の肩の位置もまっすぐになっていた。伏見はオフィスでいま自分がとんでもない話の種にされているとは知らず、執務室から帰ったにしては上機嫌で廊下を歩いた。


END



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