30.a retaliation play in the afternoon




訓練が終わると、秋山はすぐに伏見のもとに駆け寄った。

「先程はほんとうにすみません!」
「…一本いれただけでお前はいちいち謝んのかよ」
「しかし…」
「当たり所が良かった。もうそんなに痛まないし、気にすんな」
「そう…ですか…すみません」
「もういいから」

秋山は榎本にも言われた台詞と、先ほどの宗像の指摘を思い出し、気分がずっしりと重たくなるのを感じた。突き放されたような気がして、なりきれない自分が情けなかった。

オフィスに戻ると伏見は普段どおりに仕事をこなした。日高がやっと提出した書類を確認して淡島に提出し、ついでにそれとなく次の合同訓練の予定を尋ねる。

「めずらしいわね、伏見君がそんなことを聞くの」
「はぁ…一応こないだから参加してるんで…」
「そう。いい心がけね。今週は金曜日に予定してるわ。でもあなた今日負傷していたでしょう。無理することないのよ」
「ああ、あんなのは大丈夫です。明日の訓練も出れるんで」
「ならいいけど。報告書、ご苦労さま」

自分のデスクに戻ってから、伏見は金曜日か、と舌打ちをした。今日の秋山の打ち込みさえなければ金曜には全快していたろうが、どうにも万全という状態で迎えられそうにはなかった。体力はどうにもならないだろうが、相手の手の内はわかっているし、所属とデータも調べ上げていた。どうにも向こうはいち小隊にかたまっているらしい。どうりで連携がとれていたわけだ。相手の戦術がわかっていればどうにでもできるし、顔がわれていればもとから囲まれないように動けばいい。そうして急所を狙い、再起不能にしていけばいいだけの話。相手が仕掛けてこなければ単に一対一でぼこぼこにすればいいだけの話だ。個々人の実力はたかが知れている。それに今回は淡島もいる。相手も前回ほどあからさまな手は使えまい。それに伏見はその目を盗むすべには長けていた。たっぷり仕返ししてやる、と虚空を睨み、予定表にそれを書き込んだ。

金曜になると伏見は包帯も外れ、傷も随分良くなった。連日訓練には参加していたのだが、負傷することもなく、それなりに体力も増したような気がする。デスクワークばかりしているとストレスが溜まるが、訓練中に部下を叩きのめしているとそれも軽減されるようだった。主に日高が犠牲者になっていたのだが、さすがに痛めつけすぎると仕事が滞るためそれなりに手加減はしていた。合同訓練は午後からで、伏見はまだかまだかと時計を確認する。秋山はそれを心配そうな面持ちで見ていたのだけれど、伏見がそれに気づくはずもなかった。

訓練がはじまると、伏見はまず先日の面子がきっちり揃っているかを確認した。15人程度なのだが、ちゃんと顔を出しているらしい。前回伏見の動きが鈍かったことで油断しているのか、特に警戒するような動きは見せなかった。舐めてんなよ、と伏見はつぶやき、形式ばった練習の最中で、しっかりと、自分の身体の動きを確かめた。

「では、乱闘!」

淡島が号令をかけると、すぐに道場全体が騒然となった。伏見はとりあえず近くにいた日高を相手取り、調子を確かめた。悪くない。背中もほとんど痛まないし、むしろ身体が軽かった。日高を軽くいなすと、周囲を見回して相手の位置を確認した。もとの位置が離れていたせいかまだ距離がある。二人目、三人目と相手をしたが、相手方は近寄ってくるような様子は見せなかった。やはり淡島の目を気にしているらしい。そうして伏見が仕掛けようとしたときに、ん、と妙なことに気がつく。先ほどからやたら特務隊の面々が相手かたと打ち合っているような気がした。まず一人目をぼこぼこにして壁際に追いやってしまってから、伏見はどうやらその違和感がほんとうらしいと首を傾げる。そういえば相手方は第四小隊に固まっていたか、と思い出す。特務隊には第四小隊出身者が多い。見知った顔なので覚えやすかったのだろう。余計なことを、と思わなくはないのだけれど、それと同時にこそばゆいような、恥ずかしいような、そんな気がした。

「んふふ、何してるの?日高」
「別に!知った顔だったから打ち合ってた。ゴッティーこそ」
「おんなじ感じかな。まぁ日高は予想してたけど、まさか布施や榎本まで積極的だとは思わなかった」
「気分いいもんじゃねーけどな」
「道明寺さんもわりと叩きのめしてるよね。あと秋山さん。こっそりだけど、加茂さんとか弁財さんも挑まれればいつもより手ひどくやってるみたいだし、なんかくすぐったいね」
「あーやっぱ加茂さんも弁財さんも気づいてたんだな」
「あからさまだったしね」

まぁたまにはいいんじゃない、こういうのも、と五島は気を抜いている日高からさっさと一本取ってしまう。さあ次は誰とやろうかな、と周りを見回してみると、伏見が例の相手を淡島から見えないところでボコボコにしているところだった。鳩尾に一発入れ、相手が倒れる前に耳、首、背中と続けざまに打ち込み、最後には蹴り飛ばしている。あーあ、えげつない、と思いながら、五島は近くにいた犯人の背中に、これまたえげつない一撃を加えて笑った。

「こないだはよくもくだんねーことしてくれたなぁ」

伏見はひとりひとり捕まえてはぼこぼこにして回っていた。いいところに一撃をいれると、相手がひるんだ隙に二撃、三撃と続けざまに急所を狙い、気絶しない程度に痛めつけるとさっさと壁際に蹴り転がし、壁が遠い場合は倒れたところを踏みつけて次、次、と竹刀を振るった。伏見の実力では基本的に相手が万全の状態であっても転がすのは簡単だったのだが、捕まえる相手は基本的に何かしらの痛手を負っていた。特務隊の面々が先に一通り痛めつけているらしいのだが、そのせいもあり伏見は思う存分滅多打ちにすることができた。どうやら報復を受けていると気づき、さっさと壁際に避難しようとした輩もいたのだが、それはにっこりと質の悪い笑みを浮かべた道明寺が阻み、喧騒の輪の中に連れ戻す。乱闘が終わるころには普段の二倍程度の負傷者が出、淡島は首をかしげることとなったのだが、伏見は久々に気分がよかった。胸のすく思いというのはこういう気分なのか、としっとりと汗に濡れた肌を上下させながら、そう思った。

「いやーすごかったねぇ、伏見さん」
「みてたけど、ありゃえげつねーよ。副長が見てねーとこでぼこぼこだろ?それも急所ばっか当てるから最後には失神してるやついたし。しかもそれ踏みつけて次狙ってくんだぜ。あいつらも馬鹿だよな。喧嘩売るなら相手選べって話」
「ぼこぼこにされんのは嫌だけど、俺も伏見さんに踏まれてーなー。今日伏見さんすげーいい顔してたし。あのすげーいい笑顔の伏見さんに踏まれたらそれこそ日高の日高が緊急抜刀…」
「日高、殴るよ」
「冗談だって!踏まれたいけど!」
「んふふ、日高はほんと顔はいいのに中身残念だよね」

更衣室でさっさと着替えながら、元剣四組はそれにしてもすかっとした、と晴れ晴れとした表情を浮かべている。しかしその横で秋山がため息を吐いた。今回の件で第四小隊はほとんど壊滅的なダメージを負ってしまったので特務隊にそのしわ寄せがこないでもない。今週末はストレイン絡みの案件が持ち上がらなければいいが、と。自分も何人か手ひどく痛めつけていたので、頭に血が上っていたらしいと少し反省の色をにじませる。弁財も同じことを思っていたのか、同じようにため息を吐いていた。でもまぁ後悔はしていない。加茂と道明寺が自分たちの戦績で盛り上がっていたので、それだけは諌めたのだけれど。


END


ちょっと特務隊の面々が伏見に優しくなるっていうか、軋轢みたいなのがちょっと解ける話。
30話、きりのいいとこで区切れてよかったです。
この話から秋山ルート、宗像ルート、吠舞羅ルート、逆ハールートに分かれます。
書きたい話ばかりでほんと困る。


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