三十七日目





その日は天気が悪かった。台風かと見紛うほどの暴風が吹き荒れ、雨が横殴りに叩きつける。前日から警報が出ていたために講義はすべて休講となり、暇を持て余したらしい6人はリビングに集まって思い思いのことをしたり談笑したりしていた。夜になっても天気は回復せず、しまいには雷まで鳴り出す始末。雷というより大きな音が苦手らしい黄瀬がいちいちびくついていた。

「雷怖いとか小学生かよ」
「雷じゃなくて突然の大きな音が苦手なんすよ!怒鳴り声とか、車のクラクションとか!黒子っちならわかるっすよね!」
「僕に振らないでください。今本読んでるんで」

黒子がため息をついたときに、ぴかりと窓の外が光ったと思ったら間髪入れずにこれでもかという雷鳴が轟いた。びゃっと悲鳴をあげた黄瀬が隣にいた紫原に抱きつくより早く、ばつんという音を立てて電気が消える。

「いいいいやあああああ死ぬっすううううう」
「黄瀬ちん苦しい。死ぬならはやく死んで」
「涼太、落ち着け。多分近くに落ちたんだろう。ただの停電だよ」

紫原は「ひどい!」と叫ぶ黄瀬を容赦なく引き剥がした。しかし暗いことにはどうにもならない。どこかに電灯はないかと赤司が立ち上がるよりはやく、かちりと音がしてぼんやりと部屋が照らし出された。見ると緑間が「今日のラッキーアイテムだったのだよ」とカンテラのような電灯を手にしていた。おは朝の占いは今日もすばらしく的中しているらしい。そして照らし出された影はなぜか5つで、なんでだと見てみるとどうやら青峰と黒子が一緒くたになっているようだった。あらんかぎりの力で抱かれて息ができないのか、黒子が弱々しく手をばたつかせている。

「…大輝、なにしてるんだ」

赤司が言うと、青峰はばっと黒子から体をはがした。黒子はぱたんと倒れたきりぴくりとも動かない。

「あれ、峰ちん暗いの怖いの?」
「怖かねーよ!!ちょっと驚いただけだっつの!」
「ふーん。黒ちん死んでるけど」

赤司が少し黒子に呼びかけて肩をたたくと、黒子はどうに起き上った。「死ぬかと思いました」とまだくらくらするらしく頭をおさえる。

外は未だに酷い天気らしく、カーテンの隙間から時たま稲光が差し込んだ。暗いため先ほどよりずっとざあざあと吹き付ける雨の音が大きくこだまして、なんだか不気味な雰囲気すら漂っていた。電灯のあかりしか頼るものがないため、どうにも心もとない。

「なんかいい雰囲気だねー。怖い話でもする?」

紫原が思いついた、とでも言うように提案すると黄瀬が全力で「やめてほしいっす!」と紫原に泣きついた。

「俺ほんと怖い話無理っす!ひとりでトイレいけなくなるっす!黒子っちも苦手っすよね!」
「ええ。怖い話は苦手です。そうですね、怖い話ではないのですが、こないだ僕、学校から帰る途中で女の人に会ったんですよ。その人に道を尋ねられて、でも僕が知らないところだったので答えられなかったんです。そうしたらその女の人が一人ではさみしいから一緒に探してくれないかって頼んできたんです。まぁそれくらいならって思いまして、一緒にその場所探してあげることにしたんです。でも探しているうちに僕も知らないところに出てしまって、その女の人が僕の手をぐいぐい引っ張っていて、なんだか急に恐ろしくなって、僕はその手を必死で振りほどきました。その瞬間、目の前をすごいスピードで電車が横切っていったんです。僕はその時まで気づかなかったんですが、なぜか踏切ぎりぎりのところに立ってました。電車が通り過ぎると女の人は踏切の向こう側にいて、『もう少しで着いたのに』って笑っ…」
「ぎゃああああああああああああああああああああああ」

黄瀬が悲鳴を上げてまた手頃な紫原に抱きつき、紫原はもうほうっておくことにしたのか「怖いねー」とさして怖くもなさそうに手元にあったお菓子を食べている。しかし黄瀬の悲鳴の隠れてわからなかったが、なぜか緑間もぴったりと赤司に寄り添うようにしているからおかしい。

「…真太郎、近くないか」
「そんなことはないのだよ」
「真太郎、怖…」
「そんなことはないのだよ!」

黒子はちらりと青峰の様子を伺ってみたが、どうやら怖いのは暗いところくらいらしく、別に「どうせ作り話だろ」という顔をしていたものだから舌打ちをした。先ほどの仕返しがしたかったらしい。

「なんかさーさっきの黒ちんの怖い話怖かったからさ、なんか楽しい話しようよ。そうしたら怖くなくなるんじゃないかな。そうそう、俺工学部じゃん。工学部の学部棟ってね、一番古いらしいよ。医学部とか法学部とかは最近立て替えてぴかぴかだからすごい羨ましいんだよね。ほんと工学部の建物って古くってさ、エレベーターもついてないから5階まであるの全部階段なんだよね。で、俺5階の教室でやる5コマ終わって、一回家に帰ったんだけど、バッグの中見てみたらプリントを教室に忘れてたんだよね。次の週小テストだったから、俺もう一回学校に戻ったの。教室の中探してみたらあったんだけどさ。それで帰ろうと思って階段下ったんだよね。でもなんかおかしいの。下っても下っても一階につかなくてさ。それどころかずっと4階って表示されてんのね。おかしーなーおかしーなーって思ってずっと下り続けるんだけど全然ダメ。なんでだろうって思って踊り場で立ち止まったら、そこに見慣れないおっきい鏡があってね、そこに映った俺が、にやって笑っ…」
「いいいいいいいいいいいやあああああああああああああ!!!!」

黄瀬が今度は黒子に抱きつこうとしてあっさり躱され、びたんと床に倒れ込んだ。

「ひどい!」
「さっきみたいに死にかけるのはごめんなので」

緑間はというと赤司の手をぎゅっと握ったまま硬直し、だらだらと冷や汗を流している。

「真太郎、離してくれないか」
「怖くないのだよ!」
「そう。ならいいけど。全く、怖い話なんてするからこんなことになるんだ。明るい話をしよう。そうだね、バスケの話がいいかな。僕たちバスケ部が使ってるのは第一体育館だろう?僕は一年生とはいえ主将を任されているからね、鍵の管理のために練習が終わったあとよく一人で戸締りしてから帰るんだ。その日は今日みたいに天気が悪くてさ、僕は傘を持っていなかったから雨が弱まってから帰ろうと思ってたんだ。それでロッカールームで日誌を書いて時間を潰していたら、体育館の方からドリブルの音が聞こえてきてね。誰か残っているのかと思って見に行ったのだけれど、だれもいないんだよ。照明も落とされていて真っ暗だったから聞き間違いかな、と思ってコートに背を向けたら、またドリブルの音がしてね。でもその音がなんだか鈍いんだよ。ごつんごつんってなんだか重たいものを上から落としているような音でね。恐る恐る振り返ってみるとそこには…」
「やっやめるのだよ!!」
「なんだい、真太郎、まだ落ちを言っていないじゃないか」
「言う必要などないのだよ!」
「そう。でもなんだか言わない方が気にならないかい?何がいたんだろうって、ずっと気になって、気になってしょうがなくなりはしないかい?ねぇ、涼太も」

黄瀬はもう悲鳴をあげる気力すらないらしく紫原の隣で小さくなったままぷるぷると震えていた。

「そう。ならオチは言わないでおこうかな。これは本当の話だから、気になるなら自分で確かめてみるといい」

赤司がまことしやかにそう言って笑うものだから、耐性のある黒子でさえ背筋の冷える思いがした。

「俺ちょっと便所」

そう言って青峰は席を立とうとするのだが、なんだかおかしい。青峰が立ち上がるのと一緒に黒子の腕まで持ち上がった。

「…離してください。一人でトイレいけないんですか、青峰君」
「いやお前も行きたいかなーと思って」
「僕はいいです」
「今行っといた方がいいって絶対」
「なんでですか」

どうにも離してくれない青峰にため息を吐いて、黒子も一緒に立ち上がった。ケータイの画面で足元を照らしながら二人はリビングを出た。どうせ5分もせずに帰ってくるだろうと誰しもが思っていたのだが、待てど暮らせと2人は戻ってこない。

「おかしいな。そろそろ帰ってくるころだと思うのだけれど」
「何かあったのかもしれないのだよ」
「お化けに食べられちゃってたりしてね」
「ちょっ!演技でもないこと言わないでほしいっす!」

それから5分経っても10分経っても2人は帰ってこず、見かねた赤司がそれを呼びに行ったのだけれど、その赤司も帰ってこない。どうしたのだろうとさらにそれを紫原が探しに行ったのだけれど、その紫原すら帰ってこなくなって、黄瀬と緑間はリビングで震え上がった。

「な、なんでみんな帰ってこないんすか…?」
「た、たちの悪いイタズラに決まっているのだよ!俺は神は信じても幽霊の類は信じないのだよ!」
「信じないなら緑間っちみてくればいいじゃないっすか!でも緑間っちまでいなくなったらほんと俺しんじゃう!」
「どっちなのだよ!」

そのときぴかりと稲光がして、また大きな雷が落ちた。ひっとどちらともなく息を飲む。

「…一緒にいくのだよ」
「わ、わかったっす」

緑間のライトの明かりを頼りにリビングを出ようとしたそのとき。「わっ」と二人を驚かせようとスタンバイしてた四人が扉の影から飛び出してきた。緑間も黄瀬ももう驚いたというレベルではなく、悲鳴すらあげられず後ろに倒れ込んでしまった。

「あれ、みどちん?黄瀬ちん?」
「おや、イタズラが過ぎたかな」
「これ気絶してんぞ」
「面白みがないですね。もっといい悲鳴出してくれると思ってたんですが」

緑間も黄瀬も倒れたままぴくりとも動かない。どうやら気を失っているようだった。とりあえず息だけ確かめてみるが、どうにか生きているらしい。

「テツヤもいい性格しているね。メールを貰ったときは笑いをこらえるのに必死だったよ」
「そうですか?怖がっている人をさらに怖がらせるのって楽しいじゃないですか。今回は少しやりすぎちゃいましたけど」
「多分起きたら二人共怒るだろうねー」
「俺はもう二度とごめんだからな」
「そうですか?青峰君、いい具合に暗闇と同化できてましたよ」
「おい」

そうこうしているうちに消えていたはずの電気がぶうんと音を立てて復旧した。どうやら停電は一時的なものだったらしい。雨も小降りになり、風も随分凪いだ。日常が動き出す音がしていた。


END


ぶつ切りすみません。
主犯は黒子です。
この話書いてる時ちょうど夜中の二時半くらいで私が怖かったです。
怖いの苦手な人なのでちょっと怪談の部分があんま怖くないかもしれません。
リクエストありがとうございました。




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