もうこの先へは進めない






紫原はひっきりなしに口を動かしている。そうしないと思考がストップしてしまうとでもいうように、ずっとずっと、お菓子を食べ続ける。紫原の胃袋はブラックホールのようになっていて、どんどんとカラフルなパッケージを空にしていった。

「お腹がすいているのかい?敦」
「んー…わかんない」
「わからないことはないだろう」
「ほんとうに、わかんないんだよねーこれが」

紫原は久しくお腹いっぱいという感覚を味わっていなかった。朝食も昼食も夕食も、作業のように、けれどおいしいものだからそれなりに楽しく食べるのだが、いつも紫原がお腹いっぱいになる前に皿の中が空になってしまう。けれどお腹がいっぱいになるまで食べようとすると、なんだか眠くなってしまって、面倒になる。だから食事はそれなりのところでやめてしまい、カラフルなパッケージに手を伸ばす。おかしならば箸もいらないし、フォークもスプーンもいらないので、ほかのことをしながらでもずっと食べ続けられる。ぱりぱり、さくさくとひと袋ごとに味や食感、見た目が変わるのが良かった。これならずっと食べていても飽きないなーとひたすら、さくさく、もぐもぐ、口を動かし続ける。お腹に溜まっているようで、溜まっていないようで、それがなんだか恐ろしかったけれど。

「敦、敦は自分が一日にどれくらい間食をしているか把握してるかい?」
「…たくさん」
「そう。それくらい、把握しておきなよ。際限がなくなってしまうから」
「際限…」
「きりがなくなってしまうということだよ」
「…きり、ね」

紫原はなるだけ自分が今朝から部活終わりまでに食べたお菓子のパッケージを思い出そうとしてみたけれど、それはもうすでに際限がないように思えて、なんだか怖くなった。だから次の日、紫原はお菓子を買わなかった。買わないで、食事だけとってみたときに、身体がずっしりと重たくて、お腹のあたりがぽっかりと空白を溜め込んでいるような感覚がした。そうして、その感覚がわからなくて、恐ろしくて、赤ちん、赤ちん、と赤司の裾を引いた。

「それはただの空腹だよ」
「…空腹」
「そう。なにか食べるかい?」

赤司はポケットからチョコレートを取り出した。赤司のポケットからチョコレートなんて嗜好品が出てくるのはなんだかおかしかった。透明なフィルムにパッキングされて、一口ぶんのかたちをしていた。紫原はそのチョコレートをぱくりと食べる。するとそのチョコレートがとろりと口の中でとろけて、ゆっくりと胃の中に落ていくのがわかった。それはたった一口分なのにちゃんと紫原を満たして、それがなんだかおかしかった。

「赤ちんのチョコレート、魔法のチョコレート?」
「普通のチョコレートだよ」
「でもこれ、なんかお腹にたまったのわかったよ」
「今までのお前が、魔法にでもかけられていたんじゃないか?」
「…そうかな」
「そうだよ」

紫原は首をひねる。お腹がすこしだけ膨れているのがわかった。そうして、満たされたような面持ちで赤司を見ると、なんだか、具合がおかしかった。ずっとお腹を空かせているような、チョコレートひとつぶんの幸福も知らないような、そんな恐ろしいほどの空腹に、濡れていた。

「赤ちん」
「なに」
「チョコレート、もうないの」
「ないよ」
「お腹空いてる?」
「…さあ、わからないな」


END



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -