20.want to become gentle.





室長室から伏見が戻ると、ほどなくして伏見のデスクには書類の山ができ、PCにはひっきりなしにデータが転送されてきた。宗像の眼鏡は伏見と度数的にはあまり変わらなかったのだが、乱視が強いのか少しだけ視界が歪んだ。しかし無いよりはずっといい。いつもの姿勢でいてもなんなくスクリーンに表示される文字が見えた。室長室から帰ってくるなり不機嫌丸出しで、さらには宗像のものらしい眼鏡をかけ、さらにさらにどんどんと高くなっていく書類の山に周囲はなんだなんだと好奇の目だったり畏怖の目を向けてくるのだが、伏見はそんなことは気にもとめていないようだった。さっさと押し付けられた書類とデータに目を通し、頭の中で合理性と優先順位を組み立てていく。書類とデータが全部届くころには書類やダンボールの山に囲まれて伏見の姿が見えなくなっていた。ダンボールには中身がわかりやすいようにポストイックにメモを書いて貼り付け、データと書類は関連があるものはきっちりまとめ、書類の方にファイル名を書いたメモを貼り付ける。PC内のデータもきっちりファイル分けをし、「宗像死ね」と名前をつけたフォルダにひとまとめにした。伏見は基本的にデスクトップがごちゃごちゃしているのは嫌いだったので、デスクトップには必要なアイコンしか設置していない。仕事で使うファイルは全て保存用フォルダにまとめていたし、デスクトップに書きかけの書類のショートカットを設置するのも嫌いだった。けれど今回ばかりは「宗像死ね」フォルダをデスクトップに設置し、あらかたの下準備を終えたあたりで、肩を鳴らした。すると書類の壁の向こうから「伏見さん」という呼びかけが聞こえ、伏見はなんだなんだと顔を出す。

「秋山…」
「これから忙しくされそうでしたので、その前にコーヒーでもと思いまして」
「砂糖もミルクも眠くなるからいらねーよ」
「ええ、ブラックです」
「準備がいいな。ご機嫌取りかよ」

秋山は何も答えず、伏見にコーヒーを渡した。そして、「先ほどは本当にすみませんでした」と。

「いいよ、もう。俺も言い過ぎたし」
「…なにかお手伝いできることがあれば呼んでください。無理だけはしないでくださいね」

秋山の言葉に伏見はなんとも返さず、コーヒーを一口飲むと、スイッチでも切り替えるようにPCに向かった。秋山はそれを心配そうに一瞥して、自分のデスクにもどった。

就業時間を過ぎると大抵の隊員が定時で仕事を切り上げた。今日は出動もなければストレインがらみの事件もなかった。オフィスに残っているのは伏見くらいのもので、カタカタとキーボードを叩く音だけが反響した。伏見は雑すぎるデータのまとめ方に今日何度目かわからない舌打ちをした。お役所仕事というのはこれだからいけない。書類にしろデータにしろてんでばらばらのところに保存してあり、合理性というものが全く感じられない。電子媒体のみで記録しているとサーバーダウンした時にどうにもならないしバックアップをとるにしてもアナログ媒体に保存しなければならないという考え方自体は納得がいくしその通りだと思うのだが、アナログ媒体に記録されたデータはごちゃごちゃで整理整頓というものがなっておらず、電子媒体から呼び出した情報と時たま食い違っていたりもした。それらをすべて見直し、修正し、紙媒体には電子媒体呼び出しタグをとりつけ、電子媒体には紙媒体のファイル番号を新規で取り付けた。地道な作業をちまちまと続けていると度の合わない眼鏡のせいもありひどい頭痛がするようになった。伏見はひと段落したあたりで宗像の眼鏡を外し、凝り固まった身体を伸ばした。時計を確認してみるともう日付が変わる頃だったが、未だに終わりは見えない。別に今日中という仕事ではないのだけれど、自分で大口を叩いてしまったのでなんだか切り上げどころがわからなかった。書類は未だに山を作っていたし、未処理のデータもPCの容量をかなり圧迫している。今日から毎日残業したとして、一週間かけて終わるか終わらないかという量だった。これだけの量の仕事を面倒だからという理由で棚上げしていたセプター4は本当に税金を無駄遣いしているとしか思えない。出動となれば命懸けの華々しい活躍を見せる組織だが、普段の仕事はただの公務員となんら変わらない。危険と判断されたストレインの監視に犯罪を犯したストレインの確保、拘禁、ストレイン関係のデータや個人情報の管理。むしろ書類仕事の方が多い。役所という性質からか面倒な手続きは多いし、そのわりにその手続きのほとんどは形骸化している。合理性を重視するならもっと抜本的な改革をするべきだ、なんて政治家のようなことを考えてから、伏見はため息をついた。こんなことを考えていても書類は一枚たりとも減らないのだ。しかし頭が痛い。目頭を揉みほぐしても、首を回してみても、それはズキズキと伏見を苛んだ。少し仮眠でもとるか、と伏見はデスクに突っ伏して瞼を落とした。落としてしまってからぼんやりと、アラームを設定するのを忘れたなぁと思ったのだが、どうせ腕の痺れですぐ目が覚めるだろうとぼんやり考え、そのままとろりと眠りに落ちた。

はたと伏見が目を覚ますと、当たり前だがオフィスはしんと静まり返っていた。頭痛が随分治まっていたのでなんだかおかしいと時間を確認すると午前三時をまわったあたりで、自分はそんなに眠ってしまっていたのかとがばりと上体を起こす。その時に肩からするりと布が落ちて、なんだろうと見てみるとそれは誰かの上着らしかった。しかも装飾からみてこの制服を着ているのは一人しか思いつかず、伏見は思わず「は?」と素っ頓狂な声を出してしまった。それはあきらかに宗像の上着で、伏見はなぜ宗像が自分に上着なんてかけていくのだろう、むしろそんなことをするくらいなら起こしていけよと見当違いなことを考える。しかし深夜のオフィスは空調も止まり、すこし肌寒かったので助かったことには助かった。どうせあとで「起きている君も面白いですが、可愛らしい寝顔を無防備に晒している君も可愛らしかったですよ」だとか気持ち悪いことを言われるに違いない。そんなことを思いながら、伏見はもう今日は寝たことにして朝までできるとこまでやってしまおうとまたPCに向き直った。宗像の上着を肩にかけて。


END


はじめて宗像が伏見にやさしいとこ見せました。
ちょっとこのシリーズ読み返してみて宗像最低すぎる…と思ったので。

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