19.It cannot become gentle




伏見は通常ならば二時間ほどで終了する業務に半日をかけ、イライラが降り積もりどす黒いオーラへ昇華させているときに突然宗像から呼び出しがかかった。なんなんだ今日は厄日かと伏見は舌打ちをして、やりかけのデスクワークをきりがいいところで適当に切り上げる。伏見が恐ろしく不機嫌な様子で室長室へ入ると、宗像はおや、という顔をした。

「随分楽しい格好をしていますね」
「報告受けてるはずでしょう。言わせないでください。ていうか用事ってなんですか。くだらないことなら俺戻りたいんですけど。馬鹿がありえないポカミスやらかしてくれたおかげで通常業務が倍になるし眼鏡はどっかの馬鹿が踏み砕くしで最悪の気分なんすよほんと」
「おや、足の負傷についてはなんとも面白い報告を受けていますが、眼鏡の件についてはまだ報告が届いてないですね。どうしたんです?眼鏡をかけて凛としている君もいいですが、眼鏡を外して頼りなげに視線をうろつかせている君も魅力的ですよ」
「気持ち悪いです、ほんとうに、寒気がするほど。眼鏡は日高に踏まれて破損しました。スペアはなく著しく視力が低下した状態ですので無理な業務はお断りしたいです。通常業務こなすだけでいっぱいいっぱいなので」
「ああ、君の不注意でちょうど日高君の足が降りる位置に眼鏡を落としてしまったと」
「なんなんですか室長、見てたんですか、盗撮ですか、気持ち悪いです」
「私はありそうだな、と思ったことを言ってみただけですよ。まさか本当だとは夢にも思わない」

飄々と嘯いてみせる宗像を本気で殴り倒したい気分になったが本当にそうしたら万全の体調であっても完膚なきまでにぼこぼこにされるだろう。なんでこんな陰湿で回りくどくて変態趣味なやつが青の王なんて大層なものになっているんだと、王を選んでいるらしい石版を恨んだ。

「そうそう、きみに用事というのはこれです。こないだ負傷扱いで保険がおりると言ったでしょう。それが君の口座に振り込まれたらしいので、その明細と、お知らせです」

伏見は宗像から書類を受け取ると、よく確認もせずにポケットに突っ込んだ。どうせ見えやしないのだ。

「これだけですか」
「あとはそうですね、眉間に皺がよっていますよ。疲れているのでしょう。どうです、抹茶でも飲んでいきませんか?」
「俺の話聞いてました?それに今俺正座できないんで」
「おや、それは残念です。抹茶でも飲めば気分が落ち着くでしょうに」
「…何が言いたいんですか」

かたん、と宗像が立ち上がる。いつものようにやたら慇懃な様子で脚を運び、するりと伏見との距離を詰める。伏見はその分後ずさろうとするのだけれど、松葉杖がつっかかってしまってバランスを崩した。よろめく伏見の腕をしっかりと捕まえて、宗像は伏見にでも表情がわかる程度まで顔を近づけた。くすくすと音が聞こえそうな顔で、おかしそうに伏見を見つめる。

「そう、近頃の君は目にあまります。負傷や眼鏡についてはまぁ大目にみましょう。君も随分不幸が重なってかわいそうなことです。けれどまぁ、無様ですねぇ。君が戦闘は控えたいというからデスクワークにまわしていたのですがそれも滞るとは。それに淡島君からの報告を聞いていると柔剣道の稽古にも以前のように参加していないとか。以前ならばまぁ参加しなくとも実力はありますし、君が参加すると無駄に怪我人が増えてましたから大目に見ていましたが、現状はどうなのでしょうね。足りないならば補うべきというのは当然の思考だと思いますが、君はどうにもそういう思考が苦手らしい。まぁ私はわりと好きですよ、君がこうして追い詰められて、焦って、苛立たしさを表面に出しながら自分は棚に上げて部下に当たり散らし、あまつさえ私に反抗的な目を向けている様は」

滑稽で、と。伏見はそれを聞いて腸のぐつぐつと煮えたぎる音が聞こえるようだった。普段の伏見であれば仕事は完璧以上にこなし、戦闘でも前線に立ち、態度以外は文句のつけようがないほどであるのに、最近の伏見はひどかった。前線にも立てず、欠勤、早退は続き、自分の不注意で負傷をし、さらには眼鏡まで破損してデスクワークに支障をきたしている。さらにはそれに苛立ち部下に当たり散らし、職場の雰囲気をこれでもかと悪くしている。全部が全部伏見の責任ではないだろうし、自業自得というのは酷かもしれない。しかしそれにしても身の振り方があるだろうと、宗像は言いたいのだ。宗像は別段このような些事を気にするほど狭量ではなかったが、ただ久しぶりに伏見の打ちひしがれた様子でも見ておこうとそう思っただけだった。涙のひとつでも見ることができたらしばらく酒の肴に困らないだろうと。けれどどうにもこの伏見という人物は宗像の予想の範囲から逸脱するのが大好きらしい。

「…仕事に支障がなければ文句ないんですか」
「ええ、まぁ、そうなりますが」
「やりますよ。戦闘や訓練への参加はさすがに二週間待ってもらいますけど、デスクワークくらいならできます。今溜まってるストレイン絡みのデータの処理、管理書類のデータ化、監視カメラの映像処理、解析、報告、レポート、その他雑事、全部俺のデスクに持ってきてくれていいですよ。一週間で全部片付けます。そのかわり、」

伏見は宗像の眼鏡をするりと外し、にやりとわらって見せた。

「眼鏡、借ります」
「…正直、ぞくりときましたよ」

宗像は「いいでしょう」と伏見の腕を離した。

「君の泣き顔でも見ておこうと思ったのですが、どうにも、うまくいかなかったようです」
「パワハラじゃないですか、それ」
「まぁいいでしょう。私の辞書には容赦してさしあげるという単語が抜け落ちてますので。せいぜい足掻くことです」

君が仕事の波に揉まれてあくせく働いているところを眺めるのもまた一興でしょう、と宗像は笑った。

「裸眼の君の方が好みだったんですがねぇ」
「…セクハラです」

では、俺はこれで、と伏見は踵を返した。ドアが閉まるのを確認してから、宗像は小さく息をつく。

「無理をさせたいわけではなかったのですが。望めば一週間程度の休暇は用意できましたよ、全く」

呟いてみて、自分もほだされたものだと自嘲の笑みが浮いた。


END


素直じゃない室長とひねくれてる伏見。
単に宗像の眼鏡を外す伏見が書きたかっただけです。



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