18.collapsing balance




日高は思い立ったが吉日、とでも言わんばかりの行動力でさっさとコンビニへ出かけ、さらには近くの遅くまでやっているレンタルビデオショップで目当てのDVDを借りてきた。伏見はその素早い行動力を見て、その素早さと行動力を仕事でも発揮してくれればなぁなんてことを思った。伏見は手探りでPCを立ち上げ、どうにかパスワードを入力する。その間日高は買ってきたおつまみを広げたり、酒類をテーブルに置いたりしていたのだが、伏見のPCを見るとうわあ、と感嘆の声を上げた。

「それ最新のやつじゃないっすか。OSも一番新しいやつ。まだ対応してるソフト少ないってエノ言ってましたよ」
「…データの解析とか処理に使うしハッキングもするからなるだけ最新の使ってんだよ。文句あんのか」
「いや、すげーなーって。てかハッキングって…」
「業務だよ業務」
「ああ、ですよね。俺パソコンとか弱いんすよね。家のなんてネットくらいにか使わないっすよ」

確かに日高のPCなんて立ち上げているうちにカップ麺が作れそうだなあと伏見は思った。DVDをセットするのに伏見は手間取り、日高は手伝いたかったのだけれど、伏見のPCはアイコンをひとつクリックしただけでセプター4の機密情報が全世界に発信されてしまいそうで触れられなかった。実際そんなことはないのだが、日高は触らぬ神に祟りなし、とどこか違うことをかんがえながら遠慮なくビールの缶をあけた。

「そういえば、伏見さんのぶんスミノフ三種類あったんでジンジャーふくめて三本買ってきたんですけど、伏見さんって酒強かったですっけ」
「…弱くはねーよ」
「俺もそんなもんです。秋山さんは普段ぜんぜん飲まないですけど、すげー強いらしいですよ。あと加茂さんとか。道明寺さんはいっつも酔ったフリしてますけど絶対素面で遊んでますよ、あれ。弁財さんは普通かなー。同期だとエノがやたら弱くて、布施も俺と同じくらいで、五島はザルなんですよね。そういや室長とかめちゃくちゃ強いですけど、好きな酒も強いのばっかなんでわりと酔ってますよね。悪酔い多いですけど。副長が酔ってるとこ見たことないな。わりとギムレットとか強いのに…」
「…詳しいな」
「こんなんみてりゃわかるじゃないですか。伏見さんが興味なさすぎなだけですって。わりと楽しいですよ、飲み会」
「…ああいう雰囲気苦手だから」
「はぁ、そうですか」

DVDを再生すると、ありきたりに他の映画の広告がはじまった。PCの画面が小さいので仕方なく伏見は日高と肩をくっつけるようにして並んだ。なんだか落ち着かない。手渡されたスミノフの瓶を開けて口につけると、ジュースのようでいてとろりとそれなりの濃度をもったアルコールが舌の上で弾けた。

「あ、画面見づらいですよね」
「いや、話聞いてればだいたいわかるから」
「じゃーわかりづらいとこ俺実況しますよ。今主人公がつまづいて転んだとこです」
「よくもまぁなんもねーとこで転べるな」

伏見はラブコメなんて甘ったるいものは基本的に見ないし、映画を見ること自体も久しぶりだった。役者にも明るくなかったけれど、日高がいちいち解説まで添えて説明してくるものだからいやでも頭に入った。伏見が三本目のスミノフを空にするあたりに物語はクライマックスを迎え、主人公らしき男性がヒロインらしき女性を抱きしめていた。日高はやたら感動しているらしかったが、伏見はこんな幸せな話は現実には存在しないんだろうなぁなんてひねくれたことを考えていた。ぐらぐらと視界が揺れている。少し飲みすぎたかもしれない。身体が重たいなぁととりあえず手頃な日高の肩に頭をのせると、日高は「え、」と驚いたようだったが構うものか。これだけ幸せなハッピーエンドが人生に横たわっていると考えられるほど伏見は楽観主義ではなかったけれど、こんな人生だったなら少しは楽しいんだろうなぁと、そんなことを思った。らしくない。うつらうつらと瞼を落としながら、伏見はもう一度、らしくない、と呟いた。



端末のアラームに起こされて、伏見はベッドの中でうっすらを目を開けた。体を起こそうとしたのだけれど、なんだか重たいものが体の上に乗っかっていてうまくいかない。なんだなんだと確認してみると、それは日高らしかった。そういえば昨日はあのまま眠ってしまったのか、と伏見はどうにかして日高をどかし、身体を起こす。時刻を確認すると、出勤まで少し余裕のある時間帯だった。けれど足の怪我のこともあると伏見はベッドを抜け出す。いつものように眼鏡をかけようとして、そういえば昨日壊してしまったのだったと思い出して舌打ちをした。日高と同じベッドで寝ていたのは多分二人共あのまま寝てしまって、夜中に伏見が固い床を逃れてベッドにもぐり、後から寒さに耐えかねた日高が温みを求めて伏見のベッドに侵入してきただとかそういったところだろう。伏見は別段気にした風もなく、ただなんとなくらしくないことをしたなぁと舌打ちだけした。

伏見はさっさと身支度を整えると、未だにベッドでいびきをかいている日高を叩き起した。けれど日高はなかなか目を覚まさず、ただ「うー…エノ、あと五分」とわけのわからない寝言を言うばかり。

「おい、誰と間違えてんだ。人のベッドでいつまでも寝腐ってんじゃねーよ」
「…え、」

がばりと起き上がった日高は、正気にかえるなり伏見に土下座する勢いで謝った。昨日のこともうっすらと覚えているらしく、自分が伏見のベッドに入り込んでいたことについてもうかわいそうなくらい真っ青になりながら頭を下げる。下心はなかったんです、だのなんもしてないですだのわけのわからないことを言っていたが、伏見は別に気にしていないので、ただ「それはいいから。てか俺出勤したいんだけど」と言った。

「さすがに眼鏡無しの松葉杖じゃ階段降りれないから」
「あ、はい!洗面台だけ貸してもらえればすぐ準備できるんで!」
「勝手につかえば。あとついでにトイレも行ってこいよ。みっともねーことになってんぞ」

日高の下半身は男性特有の生理現象が起こっており、大変格好がつかない具合になっていた。伏見はまぁそんなこともあるわな、となんとも思わないのだが、日高は顔を真っ赤にしてトイレに駆け込んだ。なんだか騒がしい一日になりそうだなぁと、伏見はため息をつく。

日高と伏見の不幸は一緒に部屋を出たところをちょうど出勤するところだったらしい秋山と弁財に目撃されたことからはじまる。さらにオフィスについてから、先に出勤していた五島が明らかに秋山と弁財に聞こえたろう音量で「日高、お前昨日の夜どこ行ってたんだ」と尋ねたことで最悪な方へ転がった。秋山も弁財も口は硬かったし、くだらない噂を広めることを楽しむような趣味もなかった。けれど伏見はともかく、日高は何とも言えない居心地の悪さに背中を冷や汗でびっしょりと濡らす羽目になる。伏見は眼鏡がないせいでPCに鼻先をくっつけ、さらにはこれでもかと目をすがめて作業をしていた。怪我のせいもあり資料が必要になると容赦なく日高をこき使ったのだが、それもいけなかったらしい。秋山と弁財がなんともいえないものを見る目で日高と伏見の様子をちらちらと伺っていたし、五島から何かしら聞いたらしい榎本や布施も好奇の目を向けてくる。伏見はそんなことにかまっている余裕はなかったのでそんな視線には目もくれず、とにかく不自由すぎる様々に舌打ちをしながら仕事をした。日高はというとほんとうにかわいそうなことになっていて、同期には弁解すれば弁解するほど日頃の行いもあってか疑いの目をむけられるし、こういうふしだらといえばふしだらなことが嫌いらしい秋山からはなんだか刺さる、というより責めるような視線を感じる。けれど眼鏡の件は自分の責任なのだから、と伏見の世話を焼かずにはいられず、と板挟み状態になりもう泣き出しそうな顔になっていた。さらにはなぜか調子が狂ったらしい秋山がめずらしく凡ミスを連発し、伏見に叱責されるという珍現象まで起こった。

「んなこともできねーのかてめーは!」
「…すみません。直してきます…」
「さっきもそう言ってたろ。直ってねーんだよ。こんなデスクワーク中学生でもできんぞ。おまえいくつだよ」
「すみません」
「すみませんしか言えねーのか」
「…すみません」
「だから…」

明らかに怪我やら眼鏡の破損でままならない様々への鬱憤を秋山にぶつけているようだったので、見かねた淡島が「伏見君、それくらいにしなさい」とその場をおさめた。しかし秋山のミスも見かねるものだったので、特に彼のフォローをすることはなかった。秋山は基本的に苛立ちや落胆といったマイナスの感情を外に見せることはない。けれど今回は流石に自分が情けないのか、少し暗い表情をしてデスクに戻った。めずらしいこともあるものだ、と弁財がフォローに入ったので秋山はとりあえずのところ問題はなさそうだったのだが、伏見はというとそうもいかない。秋山のミスのせいで増えた仕事をイライラ丸出しの様子でPCへダカダカ打ち込んでゆく。眼鏡が無いせいで眉間にじりじりと皺がより、普段より5割増しくらいで不機嫌に見える。こんな時いつも伏見のバランスを調整するのは秋山なのだが、今回はその秋山のミスが招いた事態であるのでそうもいかない。なんだかいろんなバランスが崩れてしまっているようだった。何かがぐらぐらと崩れそうになっている。それは静かに、けれど確かに、音を立てていた。


END


なんか不穏な終わり方してますけど次にひと波乱あるとかそういうことではないです。
ただし次から宗像のターンにしようと思ってます。

そういえばセプター4内の酒の強さ順位的なものは私の中で以下の通りです。
淡島>>>>>秋山>>宗像=五島=加茂>道明寺=弁財>>布施=日高>伏見>>>>>榎本
淡島は酔わない。
秋山さんは飲まないけど酒強くて、基本的にいつも潰れてる日高とか榎本を介抱してる。
宗像、五島、加茂は強いけど普通に飲んでれば普通に酔うタイプ。
道明寺はあんま酔ってなくても酔ったフリして遊んでるタチの悪いタイプ。
なぜか道明寺はあざといイメージがあります。
弁財は強いよりの普通。
布施と日高は普通。
日高はどんどん飲まされて大抵潰れてる。
伏見は飲みなれてないだろうからこの位置で。
そんなに強くはないと思ってます。でも見栄張ってなるだけ日高とか五島くらいは飲めると思われたい的な。顔に出ないタイプだといい。
榎本は下戸。一口で顔真っ赤になるくらい弱いといいなあと。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -