17.have a pleasant time





伏見の部屋の冷蔵庫には基本的に食料的なものは入っておらず、調味料もほとんどなかった。困り果てた日高はとにかく近くのスーパーへ買い出しへ行き、調味料については五島の許可をとって自室から持ち出した。それで適当にチャーハンを作って伏見に食べさせたのだが、別段伏見はうまいともなんとも言わず、皿の半分ほど食べたところでスプーンをおいてしまった。

「あ、あんまり美味しくなかったですか?」
「いや、そうじゃなくて、腹いっぱいでもう食えない」
「はあ、そういえば伏見さんもとからわりと少食でしたね。すみません」

日高は自分の皿に盛ったぶんをぺろりと平らげてしまってから、伏見の皿の残りのぶんも食べ、さらにはフライパンに残っていたぶんも全部平らげてしまった。伏見はそれを吐き気のする思いで見て、なんとなく苦しい腹部をさすった。そうしてから自分がまだ一応よそ行きの格好をしていたことに気づき、部屋着に着替えてしまおうと朝ベッドの上に畳んだ部屋着に手を伸ばす。手探りでベッドの上を探すとそれはすぐに見つかり、伏見はそのままべろりとセーターを脱いだ。そうすると食後に水を飲んでいた日高が盛大にそれを吹き出し、さらにげほげほとむせ返った。

「きたねーな。ちゃんと拭けよ」
「いやいやいやいや!あんたなんで脱いでんですか!」
「いや部屋着に着替えたくて」
「そうでしょうけど!ちょっとは自覚持ってくださいよ!」
「は?知るかよ。俺の部屋で俺が何しようと勝手だろ」

伏見は日高の文句もどこ吹く風でさっさと息苦しいブラジャーまで外してしまう。日高は口をぱくつかせながら結局見ているわけにもいかず、汚してしまったテーブルを拭きながらなるだけ目がいかないように背中を向けた。この人はなんでこう自分の見た目を気にしないんだ、とぶつぶつ文句を言うも、それは伏見には届かない。伏見は黒のブイネックシャツに下はありがちな黒のスウェットに着替えた。袖や胸のあたり、裾がやたらだぼついていて、正直目の毒だった。日高は着替えが終わってからも伏見を直視できず、うろうろと視線を彷徨わせた。伏見は几帳面に着ていた服をたたもうとして、けれどよく見えずにイライラして日高に「これ畳んで」と言って投げた。投げた中には当然ブラジャーも含まれており、日高はそれを指して口をぱくつかせるのだけれど、伏見は「ああ、それは洗濯機にいれといて」と返すばかり。日高は諦めてまだぬくもりの残るそれをあまり触れないようにしながら洗濯機に放り込み、セーターとスキニーをなるだけ丁寧に畳んだ。それから食器を片付けて、調味料を自室に持って帰った。調理器具もまともに揃っていない伏見のキッチンを思い出し、あの人はいったいどんな生活をしていたんだと、伏見ではないけれど舌打ちをしたい気分になった。

日高が戻ってくると、伏見はなんだか手持ち無沙汰のようにしていた。

「そういえばそろそろ特務隊の入浴時間ですね」
「…だから?」
「え、ああ、あ!」
「お前は入ってくれば。あと湿布だけ変えてくれればどうにかなるし」
「伏見さん今時間外に入ってるんでしたっけ?浴場まで階段ありますし、風呂には入ってきますけど、また戻ってくるんで」

時計を見てみるとまだ21時だった。入浴時間は22時までだから伏見が入浴できる時間になるまでは随分ある。日高は特務隊とはいえもとより立場がそんなに上ではなかったため基本的にいつも指定時間内に適当に入浴を済ませていた。18時台は小隊長組が入浴していたりするので伏見はいつも深夜に入浴しているのだろう。もしもそんなときに宗像が入ってきたらと思うと男の日高でも背筋が凍り、なんだかとても伏見が苦労しているような気がした。そう思うと自分が踏みくだいてしまった眼鏡のことが思い出され、しくしくと良心が痛む。悪意がなかったとはいえ追い打ちをかけてしまったのではないかと。伏見の部屋を出てから盛大にため息を吐き出し、そういえばこの部屋に入るのもなんだか慣れてきたなあと嬉しいような、理由が理由なだけに申し訳ないような複雑な気分になった。

やっと入浴時間が終わり、浴場に人気がなくなる時間帯になってから伏見と日高は部屋を出た。伏見は松葉杖でどうにかしようと思っていたらしいが、目が見えていないような状態で階段を降りさせるわけにはいかないと階段だけは日高が伏見を背負った。風呂上りのせいで日高からはなんだかシャンプーの匂いがして、伏見はなんだかそれが似合わないなぁなんて、そんなことを思う。

伏見はいらないと言ったのだけれど日高が譲らず、伏見がシャワーを浴びているあいだは日高が外で人がこないか見張っていた。人、といっても基本的に宗像か日高より立場が上の人間のため、日高はなんだか緊張した面持ちをしていた。別段人が入ってきてもどうということはないのだけれど、絶対に人が入ってこないとわかっているとなんだかゆっくりとシャワーを浴びることができた。帰りも階段だけは日高が当たり前のように伏見を背負ったのだけれど、なんだか先ほどよりどぎまぎしているような雰囲気があった。けれど伏見はこの高さから転がり落ちたらさすがに死ぬかもしてないなぁなんて変なことばかり気にしていたのでそんな細かなことには気づいていないようだった。

日高は基本的に不器用だった。湿布もフィルムをはがす時にぐちゃぐちゃにしてしまっていたり、包帯も偏ってしまっていたりで、湿布を貼って包帯を巻くだけなのに随分時間がかかる。伏見がイライラすると日高がびくびくし、手元がおぼつかなくなり結局失敗してしまう。伏見が今度失敗したらもう自分でやろうと決めたあたりにやっとうまくいき、日高はほっと胸をなでおろしたようだった。

「そういえば、伏見さんの部屋ってテレビ無いですね」
「見ないから」
「わりと面白い番組とか最近はじまりましたよ」
「今どうせ見てもわかんねーから。誰かさんのせいで」
「いや…ほんとすみません…」

日高が改めて伏見の部屋を見回してみると本当になにもなかった。シングルの簡易なベッドははじめから部屋にあったものだろうし、ありきたりな黒のローテーブルに、仕事用らしきデスク、資料ばかりがぎっちりつまった本棚が一つ。それだけで完結している。日高は五島と同室だったが、一応個人スペースはあり、そこは衣類やら漫画やら雑誌でごちゃごちゃしている。いろんな人のお土産やら自分が出かけた旅行先での写真、置物、くだらないものがたくさんごみごみガチャガチャしているのが日高の部屋だった。洗面台やら台所も生活用品で溢れかえっていたし、共用スペースには当たり前にテレビが置いてある。わりと五島と二人でバラエティを見ることも多く、日高の部屋はには色というものがついていた。五島が猫を飼っているため、先に一人で部屋に帰ってきてもほんとうに一人というわけではない。けれど伏見の部屋はモノクロというイメージがしっくりくるほど生活感がない。洗濯機もこまめにまわしているのか洗濯物が溜まっている様子はなかったし、洗面台も必要最低限のものしかおいていなかった。なんだか寂しい部屋だなぁというのが日高の感想だった。この部屋で一人毎日生活しているだろう伏見を想像することは容易かったけど、それはなんだかはばかられて、日高はただ「伏見さんって暇な時とかなにしてんですか」と聞いてみる。伏見はただ「べつに、なんにも。仕事あればしてるし、なければ寝てる」と簡易な答えを返すばかり。

「寂しくないんですか」
「…は?」
「いや、俺五島と同室だから、わりと暇な時とかは二人でテレビみながらくっちゃべったりとか、仕事なければ榎本とか布施も誘って飲みにいったりとかしてるんです。五島が猫買ってるんで、本当に一人っきりっていうのが俺にはなくて。でも伏見さんは一人部屋じゃないですか。そういうのできないとか、帰ってきたとき真っ暗な部屋とか、考えてたらなんか寂しいなーって」

伏見は面倒そうに舌打ちをして、それから、ため息をはいた。

「そういうの、俺わかんねーから」

その答えにはなんだか、孤独というものがぎゅっと詰め込まれているようで、日高は眉尻を下げた。どうしてこの人はこんなにどうしようもなくいろんなことに無頓着なんだろうなぁと。そう思うといてもたってもいられず、日高は「じゃあ今日はなんか楽しいことしましょう」と言っていた。

「は?」
「コンビニでビールとかおつまみとか買ってきて、明日仕事なんであんま遅くまでは飲めないですけど、酒でも飲んで、近くのゲオでDVD借りて、PCで映画みましょう。一人で見るより楽しいですよ。俺気になってる映画あるんですけど、ラブコメとか五島あんま見ないんで」
「…俺未成年だけど」
「こないだの飲み会普通にウーロンハイ飲んでたじゃないですか」
「…目ざといな」
「伏見さんビール好きですか?チューハイとかスミノフとかのがいいですか」

伏見は全く乗り気ではなかったのだけれど、なんだか日高があんまりにも楽しそうに事を進めるので断れそうになかった。だから「スミノフのジンジャー」とぶっきらぼうに答えて、それから「ラブコメは嫌いだからホラーとかにして」と言った。すると日高が「俺ホラー見ると一人でトイレいけなくなるほどビビるんで、却下で」と答えたので舌打ちをした。時計を見てみるとまだ23時で、けれどなんだか随分時間が経ってしまったように思えた。夜は長いくせに、都合の悪い時に短くなるものだからいけない。


END


青モブの部屋はAB、CD、EF、GHで同室だといいなあっていう願望。
ついでに一人部屋だと普通の部屋だけど、二人部屋だとちょっと広めで、個人スペースもあって、キッチンもちょっと充実するっていうふうに優遇されてればいい。
この話の中の設定だと、宗像が四階、伏見とAB部屋CD部屋が三階、EF部屋GH部屋が二階、浴場とか共用スペースが一階にある設定です。
さすがに女子寮と男子寮があるだろうなぁと思ったんで淡島さんは別で。


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