15.like a dream




秋山の体の下には伏見がいた。どうしてこんな状態になっているのか、どうしても思い出せない。伏見は制服を着ていたけれど、それは随分着崩されていて、胸元からは下着がみえてしまっていた。泣きはらしたように潤んだ瞳で見上げられ、秋山がはっとして目を背けると、伏見は「あきやま?」となんだか女々しい声で聞いてくる。上からのけようとすると、「なに、俺じゃ不満?」と首に腕を絡めてくるのだからどうしようもない。そのせいでバランスを崩し、秋山は伏見の上に倒れ込んでしまう。伏見のからだのやわらかさが布越しに伝わってきて、秋山は赤面する思いだった。ふわりと化粧品なのか、石鹸なのか、とにかくいい匂いまでして、心臓が全力疾走する。腕を支えにして身体を持ち上げると、伏見に片手を取られ、それを伏見の胸に押し付けられる。ふよふよと柔らかく、ささやかながらもしっかりとした膨らみがそこにあって、秋山は「な、なにを…」とすぐ手を引っ込めようとするのだけれど、伏見がそれを許してくれない。

「なあ、秋山」

なぐさめてよ、と聞こえたあたりで、はたと秋山は目を覚ました。そこはいつも通りの自分の部屋で、耳元では目覚ましがけたたましく鳴っている。なんだ夢か、とがっかりして、がっかりしたことを自覚すると、自分は何を、と頭を抱えたくなる。さらに下半身に違和感まであって、秋山は本格的に頭を抱えた。先に起きていたらしい同室の弁財が、「どうした?」と声をかけてきたが、まさか上司といやらしいことをしそうになる夢をみてあまつさえそれに興奮してしまっているとも言えず、秋山は真っ赤な顔を隠しながら、「なんでもない」とだけ答えた。こんな夢を見るのはきっと昨日風呂場であんなことがあったせいだ。伏見のほっそりとした、けれどどこか艶かしい肢体を思い出しそうになって、秋山は頭を振った。伏見は気にした風をしていなかったが、内心ではデリカシーの無い秋山を罵っているかもしれない。自分はなんで昨日たまには早く風呂に入ってしまいたいだなんて馬鹿なことを考えてしまったんだ、なんで加茂と伏見を間違えたりしたんだ、と後悔や羞恥ばかりがこみ上げてきて朝から自己嫌悪に押しつぶされそうだった。

秋山が後ろめたい気持ちになりながら支度を済ませ、部屋を出ると、階段のところでちょうど伏見を鉢合わせをした。

「あ、伏見さん…」
「ああ、秋山」
「…お、おはようございます」
「ああ」

いつも通りな伏見の様子に秋山はほっとしたようなむしろ罪悪感が増したような気持ちになり、とにかく伏見の目が見れそうになかった。するとなんだかおかしな秋山の様子に伏見は怪訝そうに眉をひそめ、「何」と不機嫌そうに彼を睨む。その時に何かふわりと化粧品らしいいい匂いがして、秋山は「い、いえ」とたじろいでしまう。そうするとまた伏見は不機嫌になる。まあいいと踵を返すが、ヒールが高かったのか、がくんとバランスを崩し、ぐきりと派手に足首をひねった。そのまま転びそうになったところを秋山があっと思い支えようとしたのだが、すぐ近くに階段があったせいで腰が引けてしまい、腕だけで伏見の腕を引っ張ってしまった。すると力が強すぎたのか、伏見がなんだか高音な短い悲鳴を上げて、秋山の腕の中へ収まってしまう。それをしっかり支えてしまうと、自分の胸より少し下あたりになんだか柔らかい感触があって、秋山は「すみません!」とぱっと伏見を離そうとするのだけれど、伏見はよほどひどく脚をひねったのか秋山が離れようとするとすぐにがくんとバランスを崩してしまう。とにかく秋山は廊下の隅まで伏見を移動させ、ゆっくりと座らせる。

「いっつ…」
「すみません、靴脱がしますね」

未だに履きなれていないらしいパンプスを脱がしてみるとみるみるうちにくるぶしが腫れ上がっていて随分と痛々しい。とにかく冷やさなければいけないがそろそろ職場に向かわなければ就業時間に遅刻してしまう。最近伏見は早退や休暇が多かったのでここで遅刻が嵩むのは不都合かもしれない。とにかく端末でタイムカードだけ押してしまえば今日は朝礼も何もない日だから医務室に連れて行っても問題ないだろう。

「伏見さん、とにかくセプター4行きましょう。湿布とか氷とかも医務室行けばあるので。立てま…せんよね。ちょっと俺の首に腕回してもらっていいですか」

伏見は立てそうにないのか、素直に秋山の首に腕を回した。秋山は伏見の身体の下に腕をいれると、なんなく伏見を抱き上げてしまう。背負ってもよかったのだけれど、そうすると背中に何かしらの不都合を背負ってしまうので憚られた。どちらにしろ目立ってしまうのに変わりはないのだからどっちにしたって構わないのだろう。遅刻はそろそろ本気でまずいと思っているらしい伏見は屈辱を噛み締めるような顔をしていたが、いつもより随分と大人しい。それがまたなんだか非現実的で、秋山は未だに夢でも見ているんじゃないかという気になる。そういえば伏見を抱き上げるのは二回目だなぁとなんとなく気を紛らわそうとしたところで、なぜか夢の「なぐさめてよ」という伏見の台詞が思い出され、秋山は頭をふった。あの時伏見と宗像のあいだで何があったかを未だに秋山は知らなかった。詮索してはいけないのだとわかっているけれど、気にならないかというとそれは嘘になる。あのあと伏見はすぐに体調を崩したようだったし、その後休暇までもらっている。無粋な想像だとわかっていても何かしらそういうことが二人の間にあったのではないかと考えてしまう。秋山はそう考えてしまう自分が、とてもいやだった。

なるだけ人目につかない通路を通り、どうにか出勤チェックだけ済ませてしまうと秋山はオフィスには立ち寄らずにすぐ医務室に伏見を連れて行った。ベッドに伏見を座らせると、枕を積み上げてその上に足を乗せて高い位置を保つ。それからすぐに保冷剤を薄い布にくるんで伏見のくるぶしにあてると、これ以上腫れないようにと包帯でキツめに巻いた。きっちり15分冷やして、一度保冷剤を外して様子を見る。腫れるところまでは腫れてしまったようで、くるぶしがなくなってしまっているのがかわいそうだった。これは相当痛いだろうなぁと秋山が眉をひそめる。これではブーツが履けないだろう。病院に行った方がいいかもしれない。そういえば自分も伏見もまだ私服のままだった。出勤カードを押してしまった以上はなるだけはやく着替えてしまわなければいけないので、秋山はまた伏見のくるぶしに保冷剤をあてると、「自分制服に着替えて、伏見さんの制服も持ってきますね」と言って席を立った。ついでに伏見の負傷も彼女のプライドを傷つけない程度にある程度捏造して淡島に報告してしまおうと思った。

着替えてから医務室に戻ると、なんだか伏見が居心地悪そうにしていた。「痛みますか?」と秋山が声をかけると、伏見は「…それなりに」と。怪我をした理由が理由だけに情けないと思っているらしく小さな身体がさらに小さくなっている。大体15分程度経過したろうと秋山がまた保冷剤を外し、感覚を戻しているあいだに着替えてしまってください、と伏見に着替えを渡す。すると伏見はその場でセーターを脱ぎ出すのだからおそろしい。秋山は急いで背を向けるけれど、ここで人が入ってきたらまずいことになると気づき、鍵でもかけてしまおうかと思った。けれど扉の鍵をかけようとしたところで、鍵をかけたらあらぬ嫌疑までかけられるのではないかという実に面白くもないことを思いついてしまい、それは思いとどまった。人が来なければいいがとびくびくしていると、着替え終わったらしい伏見が「何してんの」と。秋山はほっとして振り返る。着替えたせいで伏見は髪が乱れてしまっていた。それがまた無防備で秋山はため息の出る思いがした。もう一度くらい冷やしておこうとまた包帯で保冷剤を固定する。

「…悪いな」
「いえ。もとはといえば俺が不快にさせてしまったせいなので」
「なんで朝あんなだったんだよ」
「…そ、れは」
「言いづらいなら別にいいけど」
「すみません…ごくごく私事なもので」
「ならいいけど」

言いづらいも何もこんなくだらないことを上司に言えるわけないだろうと。秋山は後ろめたさと罪悪感で死にたくなった。秋山はぐちゃぐちゃとどうしようもない気持ちになりながら伏見の足から保冷剤を外した。そうしてから少し痛みを確認するために伏見の足を内側や外側に曲げてみる。

「っ」
「すみません。少し強かったですか」
「…捻挫とか、何年ぶりだろ」
「今日時間見つけて病院行った方がいいですね」
「捻挫だろ?冷やしとけば大丈夫じゃねーの」
「見た感じですとわりと強くひねっているので、夜痛むでしょう。癖になるかもしれませんし、松葉杖とか、痛み止めとか、色々必要になると思うので」
「いいよ、面倒だし」

ここで「そう言わずに」と言ってしまったらきっと舌打ちをされるんだろうなぁと秋山は喉まででかかった言葉を飲み込んだ。あとで鎮痛剤くらいは持って行って差し上げようとだけ頭の片隅で考える。ぺったりと大きめの湿布を貼って、きちんと固定されるように強めに包帯を巻く。椅子に座りっぱなしのデスクワークだと多分悪化してしまうだろう。まくり上げられたスラックスの裾を戻してから、秋山は手を貸してゆっくりと伏見を立たせる。けれど足をつくだけで痛むのか、伏見は秋山の肩から手を離すことができない。舌打ちが聞こえてきて、秋山は思わず苦笑してしまう。それが気に入らなかったらしい伏見が無理やり秋山から手を離して医務室を出ようとしたのだけれど、二三歩歩いてバランスを崩してしまった。危ない、と秋山は伏見を支えたが、体勢がおかしかったせいでふたりして医務室の床に倒れ込んでしまった。秋山が身体を起こすと、呆然とした伏見が身体のしたにいて、秋山は頭が真っ白になってしまう。伏見の隊服はもとよりゆるりと着てしまったせいで随分気崩れてしまっていて、肩のあたりから黒い下着がみえてしまっている。ほっそりとした首があんまり綺麗で、秋山はぼんやりと見惚れてしまった。まるで夢の繰り返しだ。

「…あきやま?」
「…伏見さん」

伏見さん、伏見さん、となんだか自分の抑えようのない感情があふれてくるようで、動けなくなってしまった。伏見は、なんだか恐ろしいものでも見上げるよに、秋山をみつめる。すぐにわなわなと唇が震えて、声にならないような声で「離せ」と言った。その顔があんまり、あの時怯え泣き崩れていた顔にそっくりで、秋山はどうしようもない感情がもっとどうしようもないものになって腹の中でぐずぐずと滾るのがわかった。けれど、伏見がもう一度、今度は泣き出しそうな声で「はなせ」と言うと、すっと熱が覚めるのがわかった。

「す、すみません、驚いて、しまって」

秋山はすぐに伏見の上から身体を離すと、伏見が立ち上がれるようにと手を貸そうとした。けれど伏見はその手を払い、緩慢な動作で体を起こすと、音がしそうなほどに秋山を睨みつけた。それがすこし震えているようで、秋山はああ、やってしまった、と心臓の冷える思いがした。けれど、すぐに伏見が「悪い」と小さな声で謝った。どうして、謝らなければいけないのは自分の方なのに、と秋山は眉尻を下げる。

「すみません、ほんとうに。頭冷やしてきます」

そう言って秋山は立ち上がり、医務室を出ようとしたのだけれど、伏見がそれを引き止めた。それは引き止めたというほどあからさまでなかったかもしれない。ただ秋山の服の裾を一瞬引っ張って、すぐに離した。けれど秋山にはなんだかかその仕草があんまりにもかわいそうで、寂しいものに思えた。伏見の小さくなってしまった背中が、また一段と小さくなってしまったようで、ああ自分はここにいなければいけないのだ、と思った。伏見が何を思ってそうしたのかはわからなかったし、どうして欲しいのかもわからなかった。けれど床はあんまり冷たかったので、秋山はゆっくりと伏見を立ち上がらせると、足に負担がかからないようにまたベッドサイドに座らせた。伏見はなんだか顔が青くなっていて、推し量るにフラッシュバックでも起こしているようだった。どうすればいいだろう。秋山はぐるぐると考える。そうしてから、「ほんとうに嫌だったり、怖かったりしたら俺のこと殴ってくれていいですから」といって、伏見をそっと抱きしめた。

「あ、きやま」
「少しくらい、頼ってくださったっていいじゃないですか」
「秋山」

腕を回してみるとずっとずっと伏見は細かった。こんなに細い身体に今までいろんなものを溜め込んでいたのかと。秋山はもっとずっと強い力で抱きしめたかったのだけれど、そうすると伏見を怯えさせてしまいそうで恐ろしかった。だからなるだけ優しく、抱きしめて、伏見の背中をさすった。少しすると、おそるおそるというふうに伏見の手が秋山の鎖骨のあたりに当たって、それが、どうしようもなく嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて、どうにかなりそうな時に、伏見が「秋山」と泣いているような声で言った。泣き顔なんてきっと見られたくないんだろうなぁと思いながら、秋山は伏見の柔らかい肩に顎をのせる。制服の肩口に暖かな染みができるのがわかって、それがせつなかった。きっと伏見が感情の全てを吐露してくれることはないのだろう。きっとまた、こうしてどうしようもなくなるくらいまで抱え込んで、爆発しそうになってしまうに違いない。そんなときにこうして抱きしめてあげられる存在に自分はなれるのだろうか。秋山はそんなくだらないような、小さな願望のようなことを思いながら、目を閉じた。小さな温みが、これ以上広がってしまわないことを祈りながら。


END


なんかこう…私が秋伏大好きすぎるせいで秋伏に傾いてしまってるんですが日高とか宗像との甘い話も書いていきたいなぁと思います。
むしろ恋愛ゲームみたいにルート別にしたいくらいです。
秋伏→くっつきそうでなかなかくっつかない、周りからみたらえ、付き合ってんじゃないのみたいな感じでも付き合ってない、でもお互いお互いがいないとなんか色々とバランスがとれない。伏見が幸せになれるルート。
日伏→お互い幼いせいで傷つけたり傷つけられたり喧嘩ばっかしてるけどやっぱりお互いがいないとどうしようもなく寂しくて、でも喧嘩してないとなんか変な感じになる。友情エンド率高め。
礼猿→宗像が酷いし伏見も酷い。お互い利用してるつもりでいるのにいざそのバランスがおかしくなると「あれ?」ってなる。宗像は基本的に最低。伏見が大抵泣いてる。バッドエンド率が異常に高い。
あとがきも本編も異常に長くてすみません。



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