14.happening





伏見は基本的に寮生活に不満はなかった。たしかに面倒な規則は多いし、共用スペースは騒がしいが、普通のアパートより壁は厚いし、水は凍らないし、セキュリティシステムも高性能だった。個別についているキッチンはやはり簡易なものだったが伏見はお湯を沸かす程度にしか利用しないため文句はない。ひとつだけ文句があるとすれば浴室が共用なところだけだ。こればっかりはどうにも面倒だった。隊員の数に対して収容人数が10人程度と少々手狭で、基本的に所属ごとに入浴時間が決められている。時間外に入浴できるのは一部の特権階級くらいで伏見はその限りではなかった。実際時間外であっても入ろうと思えば入れるし、小隊の隊長クラスになると枠外での入浴も許可されていた。といってもそれは早い時間帯で深夜の入浴は基本的にできないことになっている。そもそも深夜は宗像が唐突に現れることがあるので誰も寄り付こうとしないのだが。伏見は小隊長ではなく情報課からの引き抜きによって昇進していたため職場外での立場がどうにもあやふやだった。伏見の過去のこともありいい顔をされないこともままある。風呂場にまでそれによっての面倒を増やしたくなかったので、以前の伏見は時間内に入浴を済ませていたのだが、この身体になってから伏見は特例として時間外での入浴が許可された。そのためよく指定の入浴時間が終わってから宗像がいないことをしっかり確かめてから入浴していた。実際見られてどうのこうのということはないのだが、生理中だけは細心の注意を払い、清掃中の看板まで持ち出して入浴していた。けれどそれもどうにか終わり、伏見は久々にゆっくり湯船に浸かりたくなった。普段は宗像を警戒してなかなかゆっくりとはいかない。季節柄なのか、女性の体をしているからなのかはわからないが、最近やたら身体が冷えてしょうがなかった。指定入浴時間は18時から22時とわりと長いのだが、18時台は小隊長組や元小隊長、現在は特務課に勤務している秋山はじめ四名のためにあけてある。寮というだけあって一応の上下関係が存在し、18時台は時間外の入浴が許可されている彼らのためにあけておくのがきまりだった。しかし18時台というのは仕事が終わってすぐのためによっぽど一番風呂にこだわらないかぎりは大抵の人が自分の所属する部隊の指定時間に入浴していた。今回はその制度が伏見にとって好都合なのだが、他の隊士が入浴する時間がそれによって狭まり、ばたばたと入浴する羽目になっているのでもう廃止してしまってもいいのではないかと伏見は思う。実際一応何日か確認してみたのだが、18時台後半あたりに加茂が入ることはあったが、前半は誰も入浴していなかった。少し早いけれど背に腹はかえられない。

ゆったりと湯船に浸かると自然とため息がこぼれた。手足を伸ばしていると隅々から疲れというものが流れ出していくような気がする。暖かな湯の中でゆらゆらと手足を泳がせると身体が芯から温まるようで心地いい。こんなに湯船の中でのんびりしているのは久々かもしれない。ぼんやりと至福を噛み締めていると、背後でがらりと扉の開く音がした。伏見はなんとなくびくりとしてしまったのだが、加茂あたりだろう。この時間帯に宗像が入ってくることはまずないため、使用者としては伏見が一番立場が上だ。一番風呂を頂戴していても問題はないと知らない顔をする。背後からシャワーの音が聞こえ、やたら丁寧に身体を流す音がする。加茂はそんなに几帳面には見えなかったけどなぁと思ったが、湯気で確認できそうにない。シャワーの音が止んで、音の主がペタペタと湯船に向かってくる音がした。

「加茂は今日も早いね」
「…秋山?」
「…えっ」

相手は予想外に秋山だった。伏見が振り返ると、秋山は湯船に片足を突っ込んだ体勢のままびしりと固まる。髪が長いせいで伏見と同様に秋山も伏見を加茂と思っていたようだった。時間帯的に秋山が入ってきても別に問題はないのだが、秋山はなんだか自分が犯罪をしでかしたかのようにさっと青ざめた。

「えっえっ伏見…さん?だってこの時間…清掃中じゃないし、え、伏見さん?」
「なんだよ。文句あんのか」
「いえ、ないですけど…いや、俺出直します」
「なんで。入ればいいじゃん」
「いやいやいやいや」

いやいやと言うわりにはつるりと足を滑らせて派手な音をたてながら秋山は湯船に入った、というより落ちた。未だに状況を整理できていないらしい秋山は目を白黒させている。当たり前のように伏見は全裸で、秋山は一応腰にタオルを巻いていた。伏見をまともに見ることもできず、むしろそうすることは憚られたので視線をうろうろとあちらこちらへ彷徨わせている。それは可哀想なほどに。

「か、髪をあげていたので加茂だと思いまして…」
「あっそ」
「この時間帯伏見さんが使ってるとは思わなかったので…」
「なんだかんだ使ったことねーからな」
「すみません、俺あがります」
「いや俺もうあがるし」

伏見が立ち上がると秋山は今度こそ卒倒しそうな顔になった。それこそ一瞬でも伏見の裸体を見てしまった自分に対して抜刀しかねない勢いで目を背ける。そんな秋山の様子に伏見は「なんだよ」と悪態をつくが、秋山はもう「すみません」しか言えないようだった。普段の落ち着きっぷりはどこへ逃走してしまったのか。伏見はまぁいいかとさっさと脱衣場へ。そういえば浴槽にタオル持ち込むの規則違反じゃなかったかなぁなんて呑気なことを考えながら。


END

こういうベタベタな話も書きたいじゃない。
私こういうベタな話大好物なんですよね。



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