ぐずぐず




甘やかして甘やかして、自分がいなければどうにもならないところまでぐずぐずに蕩かして、そうして依存させきって、ずっとずっとそばにおいておきたいなぁと思った。草薙はいつも誰かと付き合うときはそう思った。別に好きでなくてもいい。相手から言い寄ってきたときも、一から十まですべて面倒を見て、頭のてっぺんからつま先までを丁寧にあいした。朝起きたらちゃんと「おはよう」と言って、キスをして、朝食をつくり、食べさせて、それとなく服を選んでやって、下着の後ろをとめてやって、送り出し、仕事中も空いているだろう時間にメールをして、仕事が終われば迎えにいき、夕食を作って、片付けもすべてやり、今日もお疲れ様、と一日の愚痴を聞き、ちゃんと相槌を打って、同意してあげて、「おまえは悪くないよ」とか「頑張ってるんやね」と言う。ベッドに入れば相手が気持ちよくなるように動き、ちゃんと最後までして、相手が疲れた色を見せれば、自分がいってなくても、最後のキスをした。それを毎日繰り返していると、相手は本当に草薙がいないといけなくなる。けれどそうなったとき、草薙は妙に興ざめしたような気分になって、ぽいと捨ててしまう。それはもう、軽やかに。必ず相手は草薙を引きとめようとするのだけれど、その声はなんだか聞き取れないのだ。その声も、「だってあんた、俺になんかしてくれた?」と言うと、ぴたりとやんでしまう。それでもやまない声は、いつまでもいつまでも草薙にまとわりつくのだけれど、それは街中の雑音のように、草薙をすり抜ける。

「草薙さん、端末鳴ってますよ」
「ああ、これはええねや」

伏見は怪訝そうに草薙を見つめる。草薙は別にどうしたという風も見せずに、ベッドサイドで煙草を吸った。ありきたりなラブホテルの一室に二人はいた。ベッドとローテーブル、シャワールームだけついた簡易な部屋だ。他人の垢臭さを誤魔化すような芳香剤の匂いに混じって、少しだけ二人分の汗の匂いがした。けたたましいような電子音はひとしきり鳴ったあと、ぷつりと途切れて、また飽きもせずになりだした。ずっとずっと、鳴り続けている。伏見はうるさいなぁと舌打ちをした。そうするとやっと草薙は端末をいじり、サイレント設定にした。

「堪忍な」
「誰なんすか、それ」
「うーん、誰やったかな。ちょっと思い出せんわ」
「…はぁ。そうですか」

伏見は興味なさそうに、シャツを着た。セプター4の制服をするすると身につけていく。それと一緒に、それはもう鮮やかに情事のあとの甘ったるい雰囲気をばらばらと削ぎ落としていった。最後の上着だけ草薙が着せてあげようとしたのだけれど、伏見はなんだか嫌そうな顔をした。

「あんたのそういうとこ嫌いです」
「なんで」
「なんとなく、今までもそうやって女捨ててきたんだろうなぁってわかるんで」
「伏見は特別に決まっとるやん」
「そういう台詞も嫌いです」
「そう。伏見はどんな台詞が欲しいんやろな。思いつかんわ」
「なんにもいらないです」
「つれへんな」

サイレントに設定した端末が、またピカピカと発光した。どうでもいい着信やメールがどんどん降り積もっていく。草薙が鬱陶しくなったら拒否されてしまうアドレスや電話番号から、何度も、何度も。伏見は草薙から奪い返した上着に袖を通した。そうするともう、伏見は他人の顔になる。それはさっきまでセックスしていたなんて夢か幻だったのではないかと思うほど。ずっしりと重たそうな上着を着た伏見がなんだか哀れに見えてきて、草薙はなんとなく「なぁ」とちょっかいをかける。

「なんすか。煙草のにおいうつるんであんま近づかないでもらっていいですか」
「いや、もしもの話な。伏見はさ、もしも俺が伏見のこと全部面倒見てやるゆうたら仕事やめてずっと俺のそばにいてくれる?」

草薙は伏見を甘やかして甘やかして、自分がいなければどうにもならないところまでぐずぐずに蕩かして、そうして依存させきって、ずっとずっとそばにおいておきたいなぁと思った。けれど、伏見は別に考える、というような間も置かず「嫌です」と言った。

「なんで」
「そういうの嫌いなんで」
「どうして」
「嫌いに理由もありませんよ。あんたに縛られるなんて虫唾が走る。とにかく俺先に出ます。部屋代、半分置いてくんで」
「いらへんのに」
「そういうのも俺嫌いなんで」
「なぁ、伏見は嫌いなもんばっかやな。俺のどこが好きなん?」
「そういう女みたいな面倒くさいこと言うのやめてもらっていいですか」
「面倒やなんて」
「あんたが捨ててきた女もおんなじこと言ってませんでしたか」
「さあ、覚えてへんな」

伏見が部屋を出ようとする前に、草薙はそれを引き止めて、甘ったるいキスをした。丁寧に、丁寧に。大抵の人が愛されていると錯覚するようなキスだ。それが終わると、伏見はなんでもないような顔をして、少し、草薙を見た。なんだか嫌な目つきだった。

「そうですね、あんたの好きなとこ、ひとつだけあります」
「どこ?」
「俺を好きでもないし、小指の甘皮ほども愛していないとこです」

じゃあ俺、まだ勤務時間中なんで、と伏見はあっさり踵を返した。草薙はその後ろ姿が扉の向こうに消えてしまってから、短くなった煙草を吸った。その煙をふうっと吐き出して、灰皿に押し付ける。赤い火がなくなるまで丁寧に消して、最後の煙が天井にのぼりきってしまってから、端末を手に取った。そこには夥しいほどのメールと着信が記録されていて、なんだか息苦しい気持ちになった。全部読まずに消去して、ボタン一つで着信拒否設定をする。そうしてから、このメールや着信は一体誰からきたのだったか思い出してみようとしたのだけれど、どうしても思い出せなくて、それが少しだけ、ほんの少しだけ、恐ろしかった。ただ、それだけだ。


END




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