奪われちゃった





秋山は教科書に載せなければいけないように、恋愛というものをした。ちゃんとひとつだってステップを飛ばすことなく、丁寧に丁寧に関係を積み上げて、ひとつだって踏み外さない。甘ったるい視線を絡めるところからはじめて、何度かふたりっきりの時間をつくって、お互いを特別な関係にして、そうしてから、ちゃんと告白した。ありきたりでいて、しかしそうあるべき言葉で、彼の気持ちの一部を、丁寧に伝えたのだ。そうして、初めは二人でなんとなく会うだけで、いつか手をつなぐようになって、しばらくは、そのまま。お互いを確かめるように触れ合って、言葉を交わして、少しずつ、少しずつ肌の隙間を埋めるように、時間をすごした。伏見はよくそういったステップを飛び越えて、告白の前に身体を繋げてしまったり、気持ちなんて遠いところにおいておいて身体だけ重ねてしまうことがよくあったので、それはなんだかむず痒いような、もどかしいような、とにかく気恥しかった。この人はきっと住む世界違っていたんだろうなぁとよく思う。学生時代のただただ寄り添い会う恋愛の延長線上にそれはあるようだった。初恋をやり直すようなもどかしさや、初々しさや、身勝手さに溢れたそれが、暖かい雨のように伏見に降り注ぐ。何かを洗い流すように、塗りつけるように。

触れるだけのキスをして、伏見が惰性で舌を出す暇も与えず、すぐに離れた。なんだろうなぁと伏見は思う。こんなに与えられるだけの愛を、伏見は受けたことがなかった。押し付けたり、奪い合ったり、そういうことばかりしていたものだから、いつの間にか伏見は空っぽになってしまっていたらしい。その隙間に暖かい水を注ぐように、埋めるように、秋山は伏見のその空虚を撫でた。それがあんまり心地よくて、伏見はゆっくりと瞼を落とす。眠ってしまいたいような、けれどそうしてしまうにはあまりにもったいない時間がそこにあった。ほんとうに不思議だった。自分はもっと殺伐として、汚くて、唾液に塗れるような、そんな関係しか求めていないと思っていたのに。なのにこうして、暖かさに似た関係を甘受している。そうして不意に恐ろしくなった。自分が自分でなくなってしまっているようで、怠惰に支配されているようで、ぐずぐずにとかされてしまっているようで、恐ろしかった。そう思うときに秋山を見ると、彼はなんだか色の読めない目をして、伏見を見つめる。その瞳のおくは砂漠のように乾いていて、どうしてだろうとさらに伏見が見つめると、秋山はゆっくりと瞬きをした。その一瞬で乾きは姿を隠し、いつものうつくしい潤いを保った瞳に立ち代る。そういうとき伏見は、秋山は自分よりずっと年上なのだと思い知った。彼は自分の感情を隠す術をちゃんと知っている。それがなんだか悔しくて、恥ずかしかった。

秋山の部屋に来た時に、微かに残る煙草の匂いに、伏見は少し驚いた。この人、煙草なんて吸うのかと。今まで伏見といる時間に秋山は煙草をくわえたことはなかったし、勤務中もそうだった。喫煙室に彼が入ることはなかったし、彼の上着から煙草の箱がのぞいたこともなかった。伏見は煙草というものをなんとも思っていなかった。ただ自分もいつか吸うかもしれないなぁと、それだけ、ぼんやりと思っていた。なんだか秋山に煙草なんてイメージは似合わなかった。それでも彼はこの部屋でひとり煙をくゆらせているのだろう。プライベート以外に煙が染み付かないよう、丁寧に、気を配って。

「なぁ、」
「はい」
「煙草吸うの」
「…ああ、においします?すみません」
「吸うんだ」
「…はい」
「見てみたい」
「なにを」
「あんたが、煙草吸ってるとこ」

秋山は少し困った顔をして、けれど迷ってから煙草を出した。それはデスクの抽斗にひっそりと隠されていて、灰皿もそうだった。蓋付のブリキで、中には二三本の吸殻が入っていて、それがまた、生活のにおいがした。秋山は「では一本だけ」と細めのそれを慣れた手つきで口にくわえ、ありきたりなライターで火をつけた。そうして煙を吸い込んで、肺までいれて、吐き出す。その一連の動作にぎこちなさはどこにもなくて、息をするように、秋山はそうした。こうして見てみると、秋山に煙草という嗜好品はよくにあっていた。溶け込むように、煙が香りを落としていく。格好がついていた。ゆったりとした疲労のような燻りがそこにはあって、煙はちゃんと秋山のにおいに重なっていく。ほんとうに、格好がついていた。

「一本よこせよ」
「未成年じゃないですか」
「19も20も変わんねーだろ」

秋山はまた困ったような顔をして、一口、煙を吸い込んだ。そうしてから、伏見の首の後ろに手をするりと忍ばせ、唇をつけた。その隙間からどろりとした煙が伏見に流れ込んできて伏見は思わず唇を離そうとするのだけれど、煙のあとにぬるりと暖かい舌まで入り込み、伏見の舌に絡んだ。苦いような、甘いような、煙の溶けた唾液にしっとりと湿っていて、伏見はむせることもできずに眉を寄せる。ひとしきり呼吸を重ねて、それは離れた。脳がぴりりとしびれたようになって、伏見は目を緩めた。

「ああ、肺まではいっちゃいましたね」

にこりと笑った秋山の瞳は、貪欲な乾きの色をして、伏見を見つめる。


END



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