薄い眠りは出会う





緑間は最近何かと疲れていた。高校に進学してから、なんだかふわふわと頼りない、不確かな何かがゆったりと緑間のまわりをたゆたうようになっていた。それは俗に友情だとか友愛だとか名前をつけるとむず痒くなってしまうような、そぐわないような、そんな如何ともかたちのつかみ難いものだ。それは時に煩わしいような、おそろしいような感覚になって緑間を悩ませることもあった。けれど肌の隙間に溜まったぬくみのようなその中で、静かに瞼を閉じるのはかけがえのないほど心地よかった。もったりとまとわりつくようなゆるやかな疲労が、緑間の瞼を落とさせる。

バスケットコートに立つとボールをついていないと落ち着かない気持ちになる。床材に跳ね返ったバスケットボールがたんたんと軽快な音を立てた。緑間が一番好きな音だ。床材によっては中身のすかすかなダンダンという音にもなってしまうからいけない。緑間は一連のルーティンをして、丁寧にボールを放った。それは当たり前のようにゴールに吸い込まれ、乾いた心地いい音を響かせる。バウンドしたボールはころころとコートの隅にいた赤司の足元へ転がった。赤司はそれを拾い上げると、チェストで緑間へ返す。緑間はそれを受け取ったときに、ああこれは夢なのだろうなぁと思った。もう赤司からスティールされることはあっても、チェストなんて単純なパスをもらうことは、ありえなかったのだから。緑間はまたボールをバウンドさせる。その瞬間から、カチカチと時計の音が聞こえた。なにかのカウントダウンのように。均衡を保ち、一定の間隔で。

「久しいな、赤司」
「…そうだね」
「元気そうでなによりだ」
「真太郎は少し疲れたような顔をしているね」
「…心地の良い疲労なのだよ」

緑間は赤司はちっとも変わっていないと思った。彼はひっそりと孤高故の孤独をまとっている。それは香水のようにしっとりと赤司の肌に馴染み、溶け込み、香っている。怠惰故の孤独とは、またちがう。それは目に見えないラインだった。どこか怯えたような、けれどどこまでも気高いそれ。緑間は赤司のその匂いが嫌いだった。中学の頃から、ずっと。カチコチと時間が磨り減っていく。静かに、少しずつ、けれど、たしかに。

「…赤司、お前は中学のままなのだよ」
「そう。真太郎は随分、変わったね。お前は俺と同じ人種だと思っていたけど」
「俺もそう思っていたさ。存外、変わるものだ。なあ赤司、」

お前はどうなんだ、と言おうとしたときに、ビーという聞きなれたブザー音がした。緑間がついていたボールはいつの間にか赤司の手のなかにある。

「残念、真太郎。24秒だ」

赤司の顔は残念なような、安心したような、ふくざつなかたちをして、緑間を見つめていた。ああ、と緑間は思った。彼のほんとうはどこにあるのだろう。ふわりと香るそれが、なんだかとても寂しいもの思えて、緑間は目を閉じた。夢から覚めなければいけない。


「真ちゃん?」
「…高尾か」

緑間が目覚めたとき、そこは部室だった。ついつい眠り込んでいた緑間を、高尾が珍しいものでも見るように覗き込んでいる。西日が差し込み、温かみをもって、緑間を包んでいた。不確かなものがふわふわと漂っている。それは高尾の瞳から、手のひらから、たしかに流れ込んでいた。なんだか寂しい夢を見ていたような気がする。もしかしたら夢ではなかったかもしれない。赤司はいつまで、あのコートに立ち続けなければいけないのだろう。たった、ひとりで。


END


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