9.not only me




朝になっても目元の腫れがどうにもならず、伏見はぎりぎりまで冷やし、化粧やらなにやらでどうにかごまかそうとした。伏見の努力が実ってかそれは眼鏡をかけてしまえばよくよく見なければわからないだろうなぁというところまで回復し、伏見はその顔で出勤した。オフィスに入ったとき、まず秋山と目が合って、気まずい気分になる。

「おはようございます、伏見さん」
「…ああ。昨日の俺のぶんの仕事…」
「ああ、その件でしたら、俺と弁財で分けようと思っていたのですが、その…室長がお手すきということで…室長がかわってくださいまして…」
「…は?」
「ええ、俺もびっくりしたんです。…まぁ、思うところがあったのではないでしょうか。なので仕事の引き継ぎやその他もろもろは室長にお願いします。もしもお忙しいなら俺が代わりに言伝を頂いてきますが」
「…いい。俺が直接行く」
「そうですか」

秋山はほっとしたような、心配をするような、そんな変な顔になった。

「…秋山」
「はい」
「…昨日、とか、その前もだけど、なんか悪かった」

そのあとに続く言葉はほんとうに小さくぼそぼそとして、言葉として成立しているのか怪しいものだったが、伏見は確かに「ありがとう」と言った。秋山ははじめ何を言われたのかわからなかったのだが、耳はきっちり伏見の言葉を拾っていて、頭がそれを理解するころには伏見はもう自分のデスクについてしまっていた。秋山はどうにもおかしな気持ちになり、口元が緩み、それを隠すように机に突っ伏した。デスクが冷たくて、気持ちよかった。

伏見が室長室の扉をいつものように三回ノックすると、いつもの調子で宗像が「どうぞ」と。伏見は一瞬竦んだ身体を叱咤して、「失礼します」と入室した。宗像はいつものようにテーブルいっぱいに広げたジグソーパズルをしていたが、その手をふととめて、顔を上げた。

「おや、伏見君、なんだか可愛らしい顔が随分痛々しいことになってますね」
「…室長、眼鏡曇ってるんじゃないですか。それに随分お疲れのようです。目の下にくまができてますよ」
「ええ、ちょっと面白いクロスワードパズルがあったもので。夜中まで夢中になってしまいましたよ」

ともすれば震えそうになる声をどうにかして虚勢を張ってみせると、宗像はなにやら満足したような、安心したような顔でふわりと笑った。伏見はそれに舌打ちをして、「昨日の俺の仕事を室長自ら引き継いでくださったと聞いたのでその件で参りましたが」とさっさと本題に入る。

「ああ、書類についてはこちらです。それから報告書については全て秋山君から受け取りました。問題はありません」
「…そうですか。…ありがとうございます」

最後のほうはこれでもかというほど棒読みだった。宗像はそれがおかしかったのかくすくすと笑い、「昨日は無体な真似をして申し訳なかったですね」と。途端に伏見はびくりを肩を震わせる。けれどどうに息を吐き出して、不敵な表情を作ってみせた。

「いいえ、こちらとしても自分の上司が成人もしていない19の女に興味があるとは思わなかったので取り乱しましたが、それで半日休めたと思えば安いものです」
「伏見君がそうやって虚勢を張っている姿は正直ぞくりとくるものがありますねぇ」
「…室長、本気で気持ち悪いんで黙ってもらっていいですか」
「難しい相談です」

伏見はさっさと書類を受け取り、簡単に目を通すと、「ではこれで」とすぐに退室しようとする。それを宗像が「ああ、伏見君」と引き止めた。

「まだなにか」
「…こう言うのもなんですが、色々と気をつけた方がいいですよ。力を持たない女性というものはそういうものです」

伏見は舌打ちをして、「はいはい気をつけますよ、特に室長とか室長とか室長に」と返し、また荒々しく踵を鳴らしながら乱暴に扉を閉めて退室した。

伏見がいなくなってから、宗像は長いため息をついて、「私だけではありませんがね」とつぶやくも、それは誰にも届くことはなかった。ただ自分に言い聞かせるように、小さく。


END


いやもっと宗像にびくびくする伏見も見たかったんですけどね。
それだとちょっと話が進まないしなんか伏見っぽくないなぁと。
でもやっぱりそんな伏見も見てみたかったです。


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