4. the beginning of a loud day.




翌日、伏見が身支度をして外に出ると、ちょうど日高も部屋をでたところだったのかばったりと鉢合わせをした。普段日高は敬語というものは苦手だが挨拶だけはきちんとする男だった。しかし今朝は驚いたように伏見を見つめるだけで、口を開こうとしない。どうにかこうにかワンテンポおくれて「あ、伏見さん、おはようございます!」とやっと挨拶をした。伏見は訝しげに彼を睨み、「ああ」とだけ答える。伏見はうっすらとだけ化粧をしていた。ファンデーションと口紅だけという最低限どころか色々と足りない化粧だったが、元の造作が整っているせいで妙に色っぽかった。服装もスキニーにゆったりとしたセーターをスッキリとあわせていて、伏見がもとより華奢なせいもあるが、頼りなさが目立つ。どうにも調子が狂うなぁと日高はさっさと歩いていく伏見の後ろを仕方なくついていくのだが、なんだか伏見の歩き方がおかしい。カツンコツンとたまによろめき、随分歩きづらそうだ。足元を見てみると伏見はおろしたてらしいパンプスをはいていて、ボルドーのそれがまたよく似合っていた。伏見は苛立たしげに歩いているが、履きなれない靴をはく女性というのは可愛らしい。日高は微笑ましいような気持ちになってからふと正気にもどり、ぶんぶんとかぶりを振った。いくら今たよりなげに歩いていても相手はあのヒステリックで万年生理な上司だ。赤い血が流れているかどうかも怪しい。相手は伏見さん相手は伏見さんと日高が言い聞かせていると、階段に差し掛かったあたりで伏見の身体がいっそう大きくぐらついた。あ、あぶない、と思ったときにはもう日高の手は伏見の腕を掴み、身体を支えていた。

「大丈夫っすか」
「…ちっ」

伏見は舌打ち一つでかえすと礼も言わずにまた階段を降りだした。ぶつぶつとだからやだっつったのにあの乳女が…などと物騒な言葉が聞こえてくる。日高はとりあえずなんだかやわらかくていい匂いがした伏見にどぎまぎするのに精一杯で、礼もないのかと腹をたてる余裕もない。なんだかおかしかった。普段仕事ばかりで女性というものに久しく触れていなかったせいかもしれない。また何度か「相手はあの伏見さん」と言い聞かせてから急いで階段を降りた。


「あwせdrftgyふじこlp!?」
「んだようるせぇな!!てめぇは人語もしゃべれねぇのかあぁん!?」

叫んだのは日高だったが無理もない。更衣室にいた全員が叫びだしそうになっていたからだ。伏見はあろうことか当たり前の顔をして男性用の更衣室に入り、そのままなんのためらいもなくセーターを脱ぎだし、ほっそりとした細い肢体をあらわにしていた。ロッカーが一番近かった日高がもろにダメージをくらい、先に着替えていた秋山と弁財もぎょっとした表情を隠せずにいた。後から入ってきた榎本などは更衣室を間違えたと思ったのか「すみません!」と誤ったあとに更衣室から出る始末。

「その…伏見さん、もう少し恥じらいとかをですね」
「んだよ俺は男だろうが。何。なんか問題あんのかよ」

あわてて秋山が目を伏せながら伏見をたしなめようと試みるが、本人は全く意に返していないらしい。そのまま男らしくスキニーもするりと脚から抜き、さっさと着替えを済ませてしまう。昨日のうちに発注していた制服は今朝にはもう届いていた。淡島のような女性用の制服ではなく、あくまでもメンズの制服のため太ももやウエスト、胸や首周りがだぶついていて正直目の毒だ。秋山はため息をつきたい気持ちをぐっとこらえ、泡を吹いて倒れてしまった日高の介抱にまわった。なんだか騒々しい一日になりそうだ。小さくついた息は伏見に気づかれることはなく、ただ空気に溶けるようにして、消えた。


END



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