3.it does not often become




伏見がやたらいらいらしながらデスクに戻ると、秋山が「気分が落ち着きますよ」とハーブティーを差し出してきた。実際イライラしていてどうにも仕事になりそうになかったのでありがたくそれを受け取る。するとさらに秋山が「上着どうぞ」と厚手のカーディガンを差し出してきた。

「…なんで」
「上着が着れないようでしたので。まだまだ寒いですから。医務室から借りてきたんです」
「…どうも」

伏見がそれを受け取って袖を通すと、秋山だけでなくほかからもほっとしたような雰囲気が漂ったが本人は気がつかないようだった。実際下着もなにもつけないでの薄着は目に毒だったのだ。伏見が席を外しているあいだにこれ幸いと秋山が医務室に駆け込んだのだが、本人は知る由もない。伏見はなんだか今日はもう仕事したくないなぁなどと思いながらハーブティーに口をつけた。そういえば朝から何も口にしていなかった。普段は別になんてことないのだが、女性の身体は男よりもやはり繊細にできているらしい。飲み物とはいえ暖かいものを口にすると体の調子がよくなるようだった。秋山は伏見の様子を見てにこりとだけすると「失礼します」といって自分のデスクに戻った。なんだか不思議な気分だった。それは秋山が伏見を女性扱いしているのではなく単に伏見を慮っての言葉を選んだからかもしれない。それがなんだかむず痒くて、こそばゆくて、伏見は舌打ちをひとつした。

秋山はほんとうにできた部下で、伏見が何かしら重たそうな資料を取り出すような場面では「持ちましょう」と率先してそれをかわり、定期的に暖かい飲み物を作っては伏見にそれをすすめた。普段から飲み物をすすめられることはあったのではじめなんともおもわなかったのだが、それが明らかに伏見を気遣っての行為だとわかるにつれてなんだか腹立たしいような恥ずかしいような心地がした。

「何、俺が女になった途端に優しくしやがって」

伏見がそう言ったとき秋山は申し訳なさそうな顔になった。

「そういうわけではないのですが…」
「そうだろ。イライラすんだよそういうの」
「…一応負傷扱いですし、実際大変そうになさっていたので。しかし出過ぎた真似をして、気分を害されたのであればすみません」

秋山がすんなりと引き下がったので伏見はなんだか毒気を抜かれたような気分になった。実際いつもなんなく運んでいる資料の数々はずっしりと重たく、資料室からデスクに運ぶまでに息があがりそうだったので秋山が持ってくれたときはありがたいと思っていたのだ。けれど女性扱いされるのはやはり伏見のプライドに触り、どうにもイライラしてしまう。淡島はなんなくそれを運んでしまうので、それもまたもどかしくて、気分がささくれ立つようだった。自分の身体が思う通りに動かない。周囲からは好奇の目で見られる。とても気分が悪い。伏見はどうにもならないもどかしさばかり増えていくようで、またひとつ、舌打ちをした。

定時に仕事を上がると、そこからはもう淡島に引きずられるようにしてショッピングモールへ連れて行かれた。伏見は散々嫌がったのだが「室長命令です」と言われむりやりバストのサイズを計らされ、女性用下着の購入を強制された。なんでこんな布切れがこんなに馬鹿高いんだと思いながらもなるだけひらひらや装飾の少ない黒や紺の下着を何着か購入する羽目になりもう死にたくなった。それから伏見は今朝は制服で出勤していたのだが、規則では就業時間以外は制服の着用が禁止されていた。そのため私服も何着か購入しなければならない。スカートだけは断固拒否した伏見に淡島はうごきやすいレギンスや細身のパンツをあてがい、それに合わせてシンプルなシャツやセーター、かかとの低いパンプスを購入する。さらに嫌がる伏見を「命令」でねじ伏せ、化粧品や基礎化粧品まで揃えると伏見はもう魂が抜けきったようになり、ベンチにぐったりと座ったまま動けなくなった。

「嫌がる気持ちはわかるけれど、これは必要なことなのだからしっかりしなさい」
「…くそが…」
「明日から化粧品のサンプルについてる説明書きにしたがってきちんと身支度をして出勤すること。今朝のようなだらしない格好で出勤することは職場の士気にかかわるので許しません」
「…最悪…」

淡島はため息をひとつついて、「全く、厄介なことになったものね」と言った。その瞳になんだか伏見を心配するような、憐れむような色が見て取れて、伏見は舌打ちをした。ほんとうに最悪だった。

大量の買い物袋と一緒に帰宅するとどっと疲れが身体にのしかかり、伏見はずるずると玄関に座り込んでしまった。なにひとつ思い通りにならない。サーベルひとつ満足に振り回せない今の自分では自分をこんなにしたストレインを捕縛することすらかなわない。ままならないことが、とても辛くて、なんだか泣いてしまいたいような気分だった。ああ女はこんなときに簡単に涙が出てきて、なんて面倒な生き物なのだろうと思った。両膝を抱えたまま、伏見はしばらくそこを動けなかった。


END


もっとギャグ要素いれたいのになんかシリアスな方に話が流れてしまって私も泣きたい。



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