まるではじめから決まっていたみたいに






影山は別に及川のことを好きでも嫌いでもなかったし、どちらかというと嫌いなのではないかとすら思うときがあった。ただ中学で一年間部活動をともにして、その中で一番話す回数が多かったのが及川で、電話をする回数が多かったのが及川で、メールをする回数が多かったのも及川だったというだけだ。二人でどこかへ出かけることもなかったし、特別親しくしたわけでもないから、それはとても不思議なことのように思えた。そうしていつのまにか及川が卒業して、当然のごとく及川の第二ボタンは当時の彼女の手元へいき、影山の手元にはただ携帯電話に残った膨大なメールの履歴や着信の通知だけが残った。何が楽しかったのかわからないし、不快になったことだらけだった一年間は、写真としてではなく、映像としてだけでもなく、ただただ夥しい文字の羅列にもってのみログとして残っているのが、なんだか不思議だった。

(ああ、あとは俺が覚えているぶん、か)

影山はベッドに横たわり、脳内の記憶フォルダを開いた。パソコンのアイコンをクリックするのと同じようにして記憶を呼び起こしていけば、なんだか腹立たしいような気分を伴って、及川の不敵な笑みが思い出される。細々とした部分は絵の具が滲んだようになって、思い出せない。人間の記憶の限界がそこにはあるようだった。そんなものだ。もう影山は及川の声も思い出せない。低かったような、高かったような、いつもいつも、何回も呼ばれた「トビオちゃん」と自分を呼ぶ声すら思い出せなくなっていて、影山はなんだか恐ろしいほど膨大な空虚が自分の中に滞留しているような気がし、空恐ろしくなった。人間は死んだ人間の何を一番はじめにわすれるかというと、声らしい。どこかで聞いたか読んだかしたことが頭をよぎる。あああの人は自分の中ではもう死んだ人と同じ扱いになっているのかと。そうして同時に、及川は自分の声をちゃんと覚えているだろうか、顔を、仕草を、匂いをちゃんと覚えているだろうかと考えたら、なんだかどんどん怖くなってきて、影山はどうにもならず、半年経った今でも携帯の履歴の一番上に載っていた電話番号をかちりと選択した。しばらくの呼び出し音が響き、それが途切れると、くすぐったいようなくすくす笑いが待ってましたとばかりに響いてきて、なんだか自分はとんでもないことをしてしまったのではないか、と。

『久しぶり、待ってたよ、トビオちゃん』

電話から聞こえる電子音はしっかり及川の声を作っていて、ああそういえばこんな声だった、と影山は思い出す。きっともう逃げられないのだと、そのとき初めてわかった。ずっとずっと前から決まっていたことなのに。


END


title by 酸性



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