三十二日目





「赤司君の料理ってすごいですよね」

今日は赤司が料理当番の日だった。当の本人は自ら買い出しに出かけている。赤司の作る料理はいつも材料が事細かに決められていて、青峰や紫原に頼むとそのうちのいくつかが違うものになってしまうので、彼はいつも自分が料理をする日は決まって自分で買い出しに出ていた。リビングには赤司以外のメンツが集合していて、それぞれテレビをみていたり、読書をしたりと思い思いの時間を過ごしている。

「緑間っちの料理もおいしいっすけど、赤司っちの料理もおいしいっすよ」
「赤ちんの料理ってすごいこってるよねー」
「料理なんて腹に入れば一緒だろ」
「米の一つも炊けない男にそんなこと言われたくないのだよ」
「緑間君の料理は家庭的ですけど、赤司君の料理ってどちらかというとお店で食べるようなやつですよね」

そういえば、とみんな赤司の料理を思い返す。こないだは赤司がこねて作ったパスタで、その前は赤ワインでじっくり煮込んだビーフシチュー、その前は懐石料理風の和食、他にも彩り鮮やかなカルパッチョやビーフストロガノフ等々、わりと一般的な家庭では誕生日にしか出てこない料理、もしくはお店に行かないとなかなか食べられない料理がメインだった。見た目やメニューだけでなく、味までプロ級でどこにケチをつけられるだろうという出来。本当に赤司は何をやらせても完璧にこなしてくる。

「赤ちんは基本的に料理本見て作ってるからねー」
「料理の本とか俺わりと改変しちゃうんすよね」
「だからお前の料理はいつも同じになってしまうのだよ」
「うったしかに…」
「黄瀬君、いつも最終的にケチャップでごまかそうとするのやめてください」
「ううっ」
「緑間の料理はどっちかってーと家庭的だよな」
「親の料理やら家庭向けの料理本やらを真似て作っているからな」
「親の料理、ですか」

黒子は少し思案顔になる。

「赤司君、この家にくるまでどんな料理を食べてたんでしょうね」
「あーわりと外食とか多かったかもー」
「そういえば昼も弁当じゃなくて学食か購買だったな」
「それって母親の味がわからないってやつっすか?」
「そうときまったわけじゃないですけど、ただ料理の味ってわりと自分の母親の料理の味に似るじゃないですか。だからそういう癖みたいなのがない赤司君の料理は、いったい何に影響されてるんだろうって思ったんです」
「そう考えると黄瀬の母親も最終的にケチャップだったんだな」
「たしかに…俺ケチャップ大好きだったっすもん…」
「話がそれるのだよ」
「んーわりと黒ちん当たってると思うよ。俺赤ちんが親の話するの聞いたことないし」
「なんだかなんともいえない空気になってしまいましたね。すみません」

黒子が話を切り上げようとしたとき、ちょうど赤司が帰ってきたらしく玄関の開く音がした。買い物袋を二つほど下げた赤司がリビングに入ってくると、「なんだ、変な顔して」と途端に色々と見抜いてしまうから恐ろしい。

「今日の晩御飯はなんですか」

あわてて黒子が空気をどうにかしようと赤司に尋ねる。

「ああ、今日は普通だよ。鮭が安かったから、それを焼いて、あとは味噌汁と湯豆腐にしようかと思ってたんだ」
「…めずらしいですね」
「ああ、最近家庭的な料理のレパートリーを増やしたくてね」

赤司がちらりと緑間に視線を向ける。何かしらを感じ取ったらしい緑間が小さく「負けないのだよ」と呟くが、赤司以外に聞こえたかどうか。


食卓にはほんとうに家庭的な料理が並んだ。多分誰しもが一度は目にするメニューだ。ありきたりな焼き鮭に、湯豆腐、油揚げの味噌汁に白米。これでもかと家庭的である。みんないつものように席につき、学校の給食よろしくいただきますの掛け声をして箸を取った。

「…あれ?」
「うん?」
「えっ」
「あ?」
「む」

味噌汁やら鮭やらみんなそれぞれに手をつけたのだが、それぞれがそれぞれなんだかおかしな顔になる。

「どうしたんだい?変な味かな」

赤司は自分の味噌汁をすすり、別に変な味がしないのを確かめて、首を傾げる。鮭だろうか、湯豆腐だろうかとつついてみるも、どれもいたって平凡な味だった。

「いえ…なんか、緑間君の味付けに似ているなぁと思いまして」
「俺もっす」
「なんだ、お前らもか」
「俺もなのだよ」
「一緒ー」

味噌汁の味噌の量といい、鮭の塩加減といい、いつも緑間が作っている料理によく似ていた。赤司が作ったものと知らずに食べていたならば緑間が作ったのだと疑わないほどだ。赤司は少し安心したようで、「それはそうだろう」と笑った。

「だって、家庭的な料理なんて、真太郎が作ったものくらいしか食べたことがないからな」

それはなんだかとても悲しいことなのに、それよりもずっとかけがえのない、嬉しいことのように思えた。

「じゃあ赤司君のおふくろの味は緑間君の料理になるんですね」
「そうなるな」
「なんだか複雑な気分なのだよ。どうせなら父親がいいのだよ」
「そこかよ」
「ミドちんパパー」
「お前の父親になった覚えはないのだよ」

途端にふふふ、ははは、と食卓の上には笑いが溢れた。料理はいつもあたたかい幸せのかたちをして、そこにある。


END


赤司はわりと家庭の味を知らないと思う。
だから緑間の料理で家庭の味っていうのを初めて知ったのなら幸せだなぁと。


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