三十日目





夜中になんだか眠れなくて、まぁそれは昼間にたっぷりと昼寝をしてしまったからなのだけれど、とにかく眠れなかったのでいかがわしい雑誌をひらいてベッドでごろごろしていたらなんだか喉が渇いて、青峰はキッチンに降りた。なにかジュース類はないかと冷蔵庫をあけるとオレンジジュースが残っていたので、それをそのままラッパ飲みした。緑間や赤司に見つかったら大目玉だ。そう思った矢先にキッチンの扉が開いたので、青峰は「うおわっ!」と変な声を出してしまった。

「うお、びっくりしたー。青峰っち脅かさないでほしいっす」
「おまえこそ脅かすなよ。なに、デート?合コン?ずいぶん遅いな」

時計を見ると午前一時を回っていた。他のメンツは早々に部屋に引き上げてしまっていた。たぶん黒子と紫原は確実にもう寝てしまっているだろう。

「仕事っすよ!雑誌の撮影場所が遠くて帰ってきたらもうこんな時間っす」

黄瀬は疲れをもったりとまとわりつかせているようだった。どこか重そうな足取りでケトルを火にかける。すれちがったときにひんやりと夜のにおいをさせていた。外は冷えるらしい。

「あ、青峰っちもコーヒーとかのむっすか?」
「いやいらねーよ」
「あ、またオレンジジュースラッパ飲みしてたっすね!共用なんだから…」
「だー!!俺で全部飲みきるからいいんだよ!」

黄瀬はやれやれという顔をして、戸棚からペーパーを取り出した。それの隅をきっちり折り返し、ドリッパーに差し込む。ブルーマウンテンブレンドの缶を出して、スプーン山盛り一杯ぶん、ドリッパーに落とした。その仕草がなんだか慣れていて、青峰はなんだか変な気分になった。

「お前コーヒーなんか飲めたっけ」
「ああ、前は苦手だったんすけどね。緑間っちにって思ってコーヒー買ってきたらなんか緑間っちこのブレンド苦手だったみたいで。気ぃつかってわりと飲んでくれてるんすけど、なんか申し訳ないからちょくちょく飲んでたらわりと飲めるようになったんすよねー」
「そうかよ」

青峰はオレンジジュースの紙パックをまた傾けたが、中身は半分くらい残っていた。引くに引けないことを言ってしまったので、仕方なくちびちびとそれを飲んでいく。

少しするとケトルが鳴り、黄瀬は熱湯をゆっくりとペーパーに注いだ。真ん中にしっかりお湯を落とし込めば、まだ鮮度を保っていたらしい豆がふっくらと膨らんだ。それをなんだかうれしそうに見つめる黄瀬が、青峰はどうしてか気に入らなかった。ふわりとコーヒーのいい匂いがキッチンいっぱいに広がる。黄瀬は一杯ぶんのコーヒーをドリップし終わると、倒れこむようにダイニングテーブルに腰掛けた。青峰も脚が疲れたので黄瀬の正面に座る。いまだにちゃぷちゃぷ言ってるオレンジジュースが憎たらしい。

「あー至福っす!」
「夜にそんなコーヒー飲んだら寝れなくなるだろ」
「いいんすよ、これからレポートやんなきゃだから」
「うわ、真面目か」
「緑間っちのがレポート大変なんすからね。おれなんかサボってただけだし」
「なんで緑間」
「おれがこうして夜遅くに帰ってくるとわりと緑間っちだけ起きてて、コーヒーいれてくれるんすよ。なんで起きてんのーって聞くと毎回レポート。ほんと医学部は大変っす」
「緑間もサボってるだけなんじゃねーの」
「そんなことないっすよ」

ちゃぷんちゃぷんとオレンジジュースが苛立たしげに揺れた。口の中が酸っぱくなっているような気がする。目の前で黄瀬があんまりコーヒーをおいしそうに飲むものだから、じつはすごくおいしいものなんじゃないかと思えてくる。

「なぁ、一口よこせよ」
「え、苦いっすよ。ブラックだし」
「いいんだよ。代わりにオレンジジュースやるから」
「普通に飲みきれないだけじゃないっすか!」

いいから、と青峰は黄瀬の手元から熱いマグカップを強奪した。代わりに黄瀬にはオレンジジュースを押し付け、青峰はカップに口をつける。熱い液体が下を滑るうちにどうしようもなく強烈な苦みが口内にひろがって、おもわず眉間に皺が寄った。どうして黄瀬はこんな苦いものをあんな幸せそうな顔で飲めるのだろうと心の底から不思議に思う。

「苦ぇ」
「言ったじゃないっすか!ほら、オレンジジュース!コーヒー返してほしいっす!」
「いいんだよ。こっちは俺が飲む」
「なにがいいんすか!全然よくないっすよ!」

不満げな黄瀬を尻目に青峰はコーヒーをぐびぐびと一気に流し込んでしまう。鼻に抜ける苦みをどうにかやり過ごし、だん、と音を立ててカップをテーブルに置く。黄瀬はもったいないという顔をしたが、知るものか。なんだかどうしようもなくむしゃくしゃした。青峰は「早く寝ちまえよ」とだけ残し、キッチンをでる。舌に残るざらついた苦みが、いつまでもいつまでも青峰を嘲笑うようだった。



END


後日黒子あたりにコーヒーのいれかたを聞く青峰。
意地でも緑間には聞かないっていう。
なんだかハウスシェアっぽくない話になってしまった。




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