二十一日目





「倒れたそうだな」
「いや、軽い貧血っすよ」
「それでも意識を失って紫原に部屋まで運んでもらったのだろう」
「まぁ、そうっすけど」

緑間は少し苛立ったような、腹を立てているような顔をして黄瀬の部屋に夕食を運んでくれたところだった。紫原に口止めをするのを忘れてしまっていた、と黄瀬は苦虫を噛み潰したような気持ちになる。きっとみんな心配はしないだろうが、これだから、と呆れるか馬鹿にしてくるかに決まっている。実際たいしたことはなかったのだからそれほど怒らなくてもいいだろうと思わなくはない。寝て起きるともう夕方になっていて、たっぷり睡眠をとったおかげでむしろいつもより調子がよかった。それでも部屋で寝ていたのは緑間が煩かったからだ。きっとこれから説教でもされるのか、と黄瀬は身構えたが、その予想を裏切って、緑間は「最近働きづめだったからな」と、黄瀬の頭をぽんぽんと撫でた。

「たまにはゆっくり休むのだよ。夕食は鉄分がちゃんと摂取できるメニューにしておいたのだよ」
「え、緑間っちなんかイケメン」
「わけのわからないことを言ってないでさっさと食べるのだよ」

夕食のメニューはひじきの和え物とレバニラ炒めと白米、豆腐の味噌汁だった。たしかにこれならば鉄分をきっちり摂取できるだろう。なんだか貧血に悩まされるなんて女子みたいで黄瀬は少し恥ずかしかった。

「そういえば、紫原っちがごはんつくってくれたんすよ」
「めずらしいな」
「いやー意外に美味しくて。俺が作ったごはんよりずっとうまいんすよ。もう、料理当番代わってくれればいいのに」
「まぁ、俺はお前の大雑把な料理も嫌いではないがな」
「え、今日緑間っちなんかイケメン発言ばっかりしてどうしたんすか?」

緑間は照れたのか、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。「べつにどうともしないのだよ」というが、どうにも怪しい。

「あ、もしかして俺が倒れたの、緑間っちが風呂沸かしといてくれたせいだと思ってる?」

緑間はびくりと漫画のようなリアクションをしてまた眼鏡のブリッジをあげた。

「…徹夜明け飯抜きで風呂に入ったらだれだって立ち眩みやら貧血やらに見舞われるのだよ」
「いやいや、そんなの気にしないでいいっすよ。だって普通に風呂嬉しかったし。入ったのは自分だし。ていうか普通はそんなよっぽど疲れてなきゃ風呂入って貧血とかあんまないし。相当疲れてたのは俺の管理能力がないからで…あーもう気にしないでほしいっす!」

緑間だって疲れているだろう黄瀬がまさか徹夜で朝方に帰ってくるとは思わなかっただろうし、さらに朝方に腹に何もいれずに風呂に入るなんて思わなかっただろうし、さらにその黄瀬が貧血を起こすなんて思わないだろうし、さらに突き詰めれば風呂を沸かしておいてくれたのは緑間の気遣いだった。それが裏目に出たとも言い切れないのになにを後ろめたく思うことがあるのだろう。と言っても、きっと緑間のことだからずっと気にしてしまうんだろうなぁと思ったとき、黄瀬はなんだか緑間が可愛らしく思えてくすりと笑ってしまった。

「何を笑っているのだよ」
「いや、うーん、じゃあ今度一緒に買い物行こうっす」
「何を言っているのだよ」
「だって緑間っちもっといい服着ればいいのにいっつもガチガチの理系男子ーみたいな格好してるんすもん」
「お前は…」
「いいじゃないっすか!一緒に買い物行ってくれたら今回のことは無しってことで!ていうかもとから緑間っちわるくないし」
「…しかたないのだよ」

緑間は溜息をついて見せるが、それがなんだかまんざらでもなくかんじているような、そんな気がして、黄瀬はいったいどのお店に緑間を連れて行こうかと考えながら、緑間が作ってくれた夕飯を咀嚼した。やはり緑間の作る料理はおいしい。


END

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