張り付いた愛憎
俺にはきっと才能というものは無いのだと思う。影山のように広い視野もないし、気持ち悪いほど正確なトスも上げられない。今はまだ経験やチームプレイで俺が正セッターの位置にいるけれど、そんなのはすぐに彼に奪い取られてしまうのだと思う。それが、漠然と恐ろしい。プライドだとか、そういうごみごみした、気持ち悪い感情は、別にない。とられたならとられたで、実はどうでもいいのかもしれない。けれど、あの広いコートのなかに、自分の居場所がなくなるのかと思うと、それは心臓を掴まれるような心地がした。その感情に名前をつけるのならば、やはり、恐怖なのだろう。
「スガさん、肉まん食べませんか」
「ああ、うん、そうだね。お腹、減ったね」
練習のあとに少しだけセッター同士で話しこんでいたら、他の人はもうみんな帰ってしまっていた。あたりはもうすぐ真っ暗になる。早く帰ってしまいたかったけれど、まぁ肉まんくらいはいいかと。いつものお店でいつものように肉まんを頼むと、奇跡的に二つだけ残っていた。暖かなそれは両手に包まれているだけで幸せな心地を与えてくれるようだった。食べながら歩くのはどうなのだ、ということで、店の前でもぐもぐと口を動かす。買い食いすると、親があまりいい顔をしない。ゴミを捨てて証拠を隠滅するにも都合がよかった。肉まんなんて5分もかからずに食べ終えてしまう。そう思ったとき、どうして自分はこんなにも早く帰りたがっているのだろうと思った。時間だって、そんなに焦るほど遅いわけじゃあない。田中や大地とくっちゃべっていたらこんな時間になることなんてざらにある。どろりとした気持ち悪いなにかが、自分の中にわだかまっているようだった。
「さあ、もう帰ろう」
「え、ああ、そうっすけど」
「どうしたの?」
「なんつーか、いや、帰りましょう」
俺は背筋からぞくぞくとなにかが這いあがってくるのを感じた。多分影山はもう少し俺となにかしら話していたいのだと思う。それはきっと同じポジションだからとか、先輩だからとか、そういった条件を基盤にして、そこから芽生えた親しみからくるものだ。俺は、それが自分でも吃驚するくらい、嫌だった。嫌で、嫌で、たまらなかった。別に影山が嫌いなわけでは、ないと思う。むしろ手がかかる後輩なぶんだけ、面倒をみてやりたいと思うくらいには、悪く思っていない。けれど、影山とあんまり親しくなりたくは、なかった。影山にはただの性格のひん曲った天才でいてほしかった。彼のバレーに対する真摯でストイックな姿勢も、意外と先輩を敬う態度も、なんにも、知りたくなかった。きっと知ってしまったら、このどろりとした感情が、もっとずっと醜悪で手に負えないものになってしまうような気がした。天才にポジションを奪われただけならば、ただ、自分には才能がなかったのだと諦めることもできるだろう。けれど、自分が今飼っているこの感情は、あからさまな嫉妬だとか、羨望だとか、卑屈さだった。こんな感情は、知らないし知りたくもない。影山と話せば話すほど、彼を知れば知るほど、それは風船のように膨らんで、俺を内側から圧迫した。隣を歩く後輩を、いつか憎いとさえ思ってしまいそうで、恐ろしかった。だからどうかせめて、今の距離のままで、と願う。そう願ってしまう自分さえ、嫌悪してしまうというのに。
END