心が壊れてしまいそうな恋を知る





山蔵が結婚することになった。それを聞いた時、麓介はがらがらと足元が崩れるような、目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。ずっと覚悟していたことだったけれど、それが、こんなにもはやくにきてしまうなんて、夢にも思わない。山蔵はきっちり一日を二十四時間で過ごして、それを三百六十五回積み上げて、きっちりした現実的な時間枠の中で十八歳になったのに、それは疾風怒濤のごとく、麓介には感じられた。悪い夢なら覚めてくれ、と、何回も思った。何回も何回も、願ったのだ。

「山蔵、お前、それでいいのかよ」
「決まったことだからね。相手方もいい人だし、納得はしているよ」
「なんだよそれ」
「麓介、」
「なんだよ、それ」

結婚式を一週間後に控えて、邸内はいつもよりずっと浮足立っていた。みんながみんな、山蔵の結婚を祝い、喜んでいる。麓介はその空気がどうしようもなく気持ち悪かった。自室の外に出れば、やれ花がどうの、祝儀がどうの、相手の衣装がどうの、段取りがどうの、そんな話ばかりが鼓膜を貫く。だからきっちり障子を閉めて、麓介は布団にもぐりこんでいた。なのに、山蔵は毎日のように麓介の部屋を訪れた。そうして、先々の話を確かめるように話して、帰ってゆく。うんざりだった。

「もう来ないでくれよ」
「麓介、そうしていても、どうにもならないんだよ」
「うるせえよ!」
「麓介、これは仕方のないことなんだ。できることなら俺はお前にも祝って欲しいんだ。ただそれだけ…」
「ふざけんな!」

麓介は布団をはぎとり、山蔵の胸倉に掴みかかった。咄嗟のことで山蔵もどうにもならず、勢いに押されて尻もちをついてしまう。背にした畳が、じりじりと悲鳴をあげた。それに馬乗りになって、麓介はまくしたてる。

「あんたはそれでいいかもしれない!でも俺の気持ち考えたことあんのかよ!俺は!ずっとあんたが…」
「麓介!」

いつになく強い語気に気圧されて、麓介はぐっと言葉に詰まった。そのすきに山蔵が麓介を押し返し、逆に肩を掴んで馬乗りになった。麓介は険しい顔の兄を見上げる態勢になる。こんな表情をする山蔵を、麓介は見たことがなかった。

「そこから先は、言ってはいけないよ」
「なん、で」
「俺の為に、言わないでおくれ」

さっきまでの荒々しい語調とは打って変わって、諭すような、優しい口調だった。麓介は茫然として、山蔵を振り払うこともできない。不意に、ぱたりと麓介の頬に温かいものが落ちてきた。見上げると、山蔵が顔をぐちゃぐちゃにゆがめていた。いったいどうして結婚をひかえている男がそんな顔をするのか、麓介にはわからなかった。わからなかったけれど、どうしようもなく悲しくなって、泣いた。むせぶように、二人で。


END

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