世界の中心でふたりぼっち






英はいつも右手をパーカーや制服の袖で隠している。その理由を知っているのは友達に限定すれば鉄宇だけだ。それは特別なことなのに、なんだかせつなくて、悲しくて、すえた臭いがした。

「すぐによくなるわけじゃないんだね」
「うん。ごめん」
「あ、あやまることじゃ…ない、よ」

英は右手の甲を静かに擦った。そこには吐きだこがある。英はうまくものがたべられない。胃がぱんぱんになるまでものを詰め込んだら、英はしばらくトイレにひきこもる。食べるのにかかった時間をかけて、それらを丁寧に吐き出さなくてはいけないからだ。鉄宇はそれがとても悲しい。自分が欲しいと願った身長を要らないと願った英が羨ましく、そう思ってしまう自分は疎ましかった。少しでも英が楽なように何かしてあげたいのだけれど、鉄宇にできることはなにもなかった。ただ毎日、英の右手を確認することくらいしか。

鉄宇は英の右手を両手で包んだ。英はあんまりいい顔をしない。その手はいつも吐瀉物にまみれてぐちゃぐちゃになっているからだ。引っ込めようとしても、なんだかだるくって、まぁいいかという気持ちになった。鉄宇は歯形にたこのあるそれを丁寧に指でなぞる。まるでそれが消える魔法でもかけるみたいに。何度も何度も。

「寒い」
「英、大丈夫?」
「寒い…」

急に背筋を悪寒がはいあがってきた。春先とはいえ今日は幾分暖かい。鉄宇はどうしたの?と不安げな顔になる。英はたまにこうなるんだ、と掠れた声で呟いた。たまに暑くなったり、寒くなったり、どうしようもないときがあるらしい。英の顔は真っ青で、鉄宇はどうしよう、と英の背をさすった。それでも英はガタガタ震えて、さむいさむいと小さくなった。

「上着…」

鉄宇は自分の制服を脱いで英にかけてやり、さらに肩に手を回して寄り添った。英の手は氷のようになっていて、鉄宇をぞっとさせる。このまま英が冷たくなってしまったらどうしよう、と鉄宇が泣きそうになると、英はカタカタと震えながら、やっと鉄宇をみた。そして彼の潤んだ目元をみつけ、ふふと笑った。泣きそうな笑顔だった。なんでお前が泣くんだよ、と言われて、鉄宇はだって英が死んだらどうしよう、と。

「しなないよ、これくらいじゃ」
「英、」
「大丈夫、ありがとう。あったかい」

あったかい、ともう一度呟いて、英は肩を震わせた。その目元から一滴涙がこぼれて、つられるように鉄宇も泣いた。あたたかくて、つめたくて、うれしくて、かなしかったからだ。


END

title by 彼女の為に泣いた

あくまでかけ算でなくたし算な関係




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