笑わせてあげられるほど器用じゃない、だけど泣かせてしまうほど不器用ではないから






紫原が赤司の舌を舐めた時、ざらりとひっかかるような苦味があった。紫原は顔をしかめて、「おいしくない」と口を離す。赤司は「ああ、ごめんね」といつものように笑った。だから紫原はきっとこの先もちょいちょいこういうことがあるんだろうなぁとわかってしまった。赤司が煙草なんて。いったい理由はなんなのだろう。紫原はそこまでは考えるのだけど、その先を考えない。紫原は紫原で、赤司は赤司だとわかっていたからだ。紫原はたくさんラインをひいて、生きている。ここまで、ここまでと境界線を毎日、何度も。そこから先へ介入してしまったらだめなのだと、紫原はなんとなくわかっていた。他人が土足であがってはいけない領域というのが、彼には見えているかのように、そのラインは厳密だった。

「赤ちん、飴あげる」
「ありがとう」
「キスもいっぱいしよう」
「ありがとう」
「そうしたら幸せだよ」
「そうだね」

今赤ちんがあやふやなもので埋めているのはいったいなんなのだろう、と紫原は考えた。普段はそこまででストップがかかるのに、今日はなんだかブレーキが故障しているみたいだった。不安、かもしれない。赤司がなんだか年に相応しくない不健全なもので帳尻を合わせようとしているのはなにか漠然としたもののような気がした。

「赤ちん俺ね、小学校くらいのときになんだか突然死ぬのが怖くなったときがあるんだよ。噴火するはずもない近所の山が噴火するんじゃないかとか地震がきて家の下敷きになるんじゃないかとかまだまだなるはずもないのにガンになったらどうしようとかさ、くだらないよね」

テレビのワイドショーでたくさん取り上げられるいろんな話題に押し潰されるような毎日だった。テレビに出てる人たちは大袈裟に、でも真摯にそういった事象に立ち向かうすべを、備えるすべを考えていたかもしれない。不安ばっかりを助長させたいくせに、と思わなくもないけれど。紫原にとって毎日取り入れるいろんな情報が死ぬことへの恐怖に直結していった。雷とか竜巻とか交通事故とか、ありもしない、けれどありえなくはないことがらに布団の中で怯えていたのだ。

「でも俺はそのとき本当に真面目に考えていたんだよ。怖くて眠れなかった。しんだらどうしよう、死ぬのは怖いって。すごくすごく真面目にね。おかしいなって、今はもうわかるけど。でもそういうことってたくさんあるとおもう。たくさんたくさん、それこそ世界中の飴玉を集めても足りないくらいにさ」
「…なんだか今日の敦はよくしゃべるね。違う人みたいだ」

紫原はここまでだと思った。自分の爪先はもう国境にさしかかっていた。これ以上は進みたくないなぁと思ったとき、赤司が言うように違う人になれたらと思った。違う人になれたら、こんな陳腐なラインなんて飛び越えて、赤司のなんだか漠然とした影のようなものをとっぱらって、彼のからだをうめている苦い煙をすうっと抜いてしまえるのかもしれない。けれど紫原は紫原だった。だから、紫原は赤司に飴をあげて、キスをして、ちゃんと抱き締めた。だって、今だってしぬのは怖いと思うから。


END


title by 彼女の為に泣いた




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