ここにはだれもいない
及川は色々なことに興味がない。人に嫌がらせをしたり人の神経を逆撫ですることは大好きで得意でどうしようもないくせに、その人そのものには興味がなかった。ただ反応を楽しんで、それでおしまい。自分に降り注ぐ黄色い声援には興味があっても、それを発する女子には興味がない。どうでもいいとすら思っているのだから救えない。影山はそんな及川を尊敬に値するほど性格が悪いと思っていたし、絶対にコート外ではかかわり合いになりたくないと思っていた。けれど及川は違ったらしく、ことあるごとに影山をかまっては神経を逆撫でした。だから影山は少なからず自分は及川に気に入られてしまったのだと思っていた。それがいい意味であれ、悪い意味であれ。
影山はいつも帰り道はひとりか、及川と一緒だった。それにもう慣れてしまっている自分を、影山は特に嫌だとは思わない。ひとりなのは別にかまわないし、及川も適当に流せばいいのだと大人ぶっていた。過剰なスキンシップもねばつく口調も、なれてしまえばなんてことない。
「ねぇトビオちゃん」
「…なんですか」
「ちょっと聞きたいんだけど、影山って、誰?」
「え?」
何を言われているか、一瞬わからなかった。
「いやよく部員がさー悪口言ってるみたいなんだけどさ、誰だっけ?って気になって。一年らしいからトビオちゃん知ってると思って」
影山はどきりとした。それからすぐに及川の顔色をうかがってみる。彼には純粋な好奇心しかないようだった。それがおかしくて、恐ろしい。
「…俺ですよ」
「え?あ、そうなんだ。トビオちゃん名字影山なんだ。ごめんねー知らなくて」
「いえ、」
影山は赤面する思いがした。及川は影山という人間に微塵の興味も抱いていなかったのだ。ただ彼は少しだけ影山の反応だとか、立ち位置だとか、能力を面白がっていただけだった。それを勝手に気に入られていると思い込んで、仕方ないと付き合って、イライラして、大人ぶって、馬鹿みたいだ。及川と別れてから、ぽつりとひとりきりになり、自分がどこにいるかもわからなくなった。
「なにしてんだろ」
ひとり呟いてみたら泣きたくなって、それが悔しかった。影山はずっとひとりきりだったからだ。
END