あいにく余裕なんてものは持ち合わせておりません




黄瀬が白い棒状のものをくわえているのを見かけた時、黒子はそれをはじめココアシガレットか何かだと思った。けれどその棒の先にはきちんと赤い火がついていて、黄瀬は時おりその灰を灰皿に落としていた。とんとんと灰を落とす仕草は手慣れていて彼が喫煙者だとすぐにわかるものだった。彼はまだ未成年だったはずだ。だから黒子は彼に声すらかけることができなかった。

黒子にとって煙草は人生に疲れた人がどうしようもなくなってはじめて手を染めるものだという考えがあった。黄瀬は一足早く人生の荒波に揉まれているだろうから、きっとそのせいなのだろう。黄瀬はこちらに気がつかない。黒子は黄瀬の遠くを通りすぎてからはじめて、彼のことを思った。モデルという職業は案外大変なものなのかもしれない。誰にも言えない悩みがあってもおかしくはないのだ。黄瀬はなんだか疲れていて、纏う煙に哀愁がただよっていて、それを少しだけ格好がいいと思った。

次に黄瀬に会った時、彼は巧妙に煙草の臭いを消していた。彼にいくら近づいてもさわやかなミントガムの香りと、清潔感のあるコロンの匂いしかしなかった。黒子はそれがなんだか無性に悲しかった。黄瀬は誰にも気づかれないようにひっそりと悲しみをまぎらわすすべをしっかりと持っていたのだった。黒子はその日から黄瀬を注意してみるようになった。気付くと黄瀬はよくココアシガレットや棒のついたキャンディーを好んで食べるようになっていた。彼は煙草を吸っていた左手でそれらを口にする。自然な仕草で、健全に不健全な習慣をまぎらわそうとしていた。

けれど、なんだかおかしい。黒子はすぐに黄瀬のねっとりと絡み付くような視線にも、気がつくようになった。黄瀬は黒子が振り返るとすぐその視線をかくし、いつもの気の抜けた笑顔になるのだけれど、黒子の目はごまかせなかった。本当に本当に一瞬だったのだけれど、黒子は気付いてしまった。それは特に黒子が青峰とともにいるときに多く、ああそういうことか、とわかってしまった。そして如何ともしがたい罪悪感の呵責にあった。かといって自分の立場をゆずる気には絶対にならなかった。黄瀬は可愛そうだ。黒子は憐れみに似た感情を抱いた。きっと彼の肺はいつか真っ黒になるだろう。黄瀬の吸った煙草の吸い殻はゆっくりと彼の視線に溶け込んでいく。その副流煙にも似たものに、黒子はずっとさらされ続ける。それでもいいと思った。彼はずっと煙草を吸っていればいい。そう思った自分を、黒子は静かに嫌悪したけれど。


END


title by 彼女の為に泣いた



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