まやかしの傷んでいく音






黄瀬は毎日きちんと風呂にはいる。シャワーだけでなくちゃんと湯船につかるのだ。毎日きっちり一時間、そのあと二時間たってからベッドにはいる。シャンプーをするときはしっかり地肌をマッサージするようにして、トリートメントは地肌になるだけつけないよう、細心の注意を払う。そうして十分間時間をおいてから、丁寧に洗い流すのだ。顔についたシャンプーやトリートメントを洗い流すようにしっかり洗顔をすると、やっとすっきりした気持ちになる。ボディソープは女の子向けのシャワージェルを使い、しっかり泡立ててから爪先まで丁寧に洗う。グレープフルーツの甘いような酸っぱいようないい匂いが湿った空間に充満した。それから今度はマッサージ用のスクラブ入りジェルで身体のすみずみまでを揉みほぐす。毎日の練習で疲れきった筋肉を丁寧にマッサージしてあげれば、つるつるの肌と一緒に、柔らかく柔軟な筋肉の出来上がりだ。そのオイルを洗い流したら最後にゆっくり湯船につかる。溜め息のでるほどの至福がそこにはあった。バスルームから出たなら、今度は
やはり女の子向けのメーカーが作っているボディミルクを丁寧に爪先から塗ってあげ、顔にはメンズの化粧水をつける。三日に一回はパックをして、一週間に一回は角栓の処理をする。黄瀬の顔も身体もゆで卵のようにつるりとしていて、それは毎日の努力によって支えられていた。普通の女の子に負けないくらい、黄瀬は自分というものに気を使っていた。その一通りは、モデルという仕事柄でもあったけれど、それとはまた違うところにも理由は少なからずあった。恋をする女の子みたいだ、と黄瀬はいつも思う。そうして、いつも自嘲するように鏡を見つめ、悲しく笑う。


「黄瀬くんの肌はいつも綺麗ですね」

練習後のコートの隅で、黒子が気付いたように口を開いた。黒子はよく人をみている。黄瀬がボディミルクや香水を変えた時、黒子だけが気付く。そして、黄瀬の細やかな努力によって顔の造作如何ではなく他に差をつけているうつくしさを誉めるのも、黒子だけだった。

「モデルっすからね」
「大変なんですね」
「そう…っすかねー」

練習の合間にも黄瀬はこまめに汗をふき、練習が終わるとすぐに顔だけは洗う。皮脂を洗い流してしまわないとニキビのもとになるからだ。それから控え室では隅のほうでたまに爪を整えている。割れてしまってはせっかく磨いた爪が台無しになってしまう。緑間のおかげで目立たないが、それらは男子にしては異様なほどの念のいれようだった。

「なにやってんだ、テツ」
「青峰君」

黄瀬はどきりとした。青峰は練習後の汗もそのままに、バスケットボールをもてあそぶ。むっとするような男の匂いがした。

「1on1しようぜ。コートあいたから」
「ああ、お願いします。では黄瀬君、また」

黒子がひらりと手をふる。青峰は別段黄瀬を気に止めるでもなく、バスケットボールを床につきながら背を向けた。黄瀬は途端に胸のしめつけられるような思いがした。

バスケットボールだって黒子よりずっと黄瀬の方がうまい。ミスディレクションは使えないが、ワンマンプレイでは絶対に負けないし、チームプレイだって。それに黒子よりずっと綺麗な顔をしているし、ずっとスタイルだっていいし、ずっとファッションセンスだっていい。黒子の肌は男子中学生によくある荒れかたをしているけれど、黄瀬のそれは肌荒れひとつない。黒子はたまに気を抜いた汗の匂いをさせているけれど、黄瀬はいつも柑橘系のさわやかな匂いをさせていた。黄瀬はなにひとつ黒子に負けていなかった。黄瀬は男子もどきりとするような色気があったし、女子にもてはやされるような格好よさもちゃんとあった。なのにいつも青峰の隣にいるのは黒子なのだ。黄瀬がどうしてもどうしても手にいれたい男の隣に当然のような顔をして存在しているのが、黒子なのだ。あんな平凡で、容姿も並で、性格だって取り立てて誉めるようなところがない男が、どうして、どうして。どうして、綺麗な顔立ちで、気も回って、頭のてっぺんから爪先まで磨きあげていて、いつ青峰に触れ
られても、見つめられてもいいようにしている自分ではないのか。どうして。黄瀬は何度も繰り返す。どうして、と。それはよく一時間もかける風呂場であったり、コートの中であったり、ロッカールームだったりした。黄瀬が人知れずする努力の中で、それは繰り返される。どうして、自分ではないのか。いっそ遊びでもいいからおこぼれにあずかりたいと、何度思ったことか。嫉妬に濡れた瞳で黄瀬は黒子を見つめ続ける。そうして、その次の瞬間には恍惚とした、いやに熱っぽい、そしておそろしく色情に濡れそぼった瞳で、青峰を見つめる。青峰はそれに気付いてさえも、いないのに。


END



title by 彗星03号は落下した






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