ふしだらな黒髪






アルバイトを終えたきり丸はなんだか大人びた汗の臭いと土埃の重たい空気を纏っていた。子供らしい乳くさい甘ったるさというものはそぎおとされていて、それと同じだけ純粋さも欠けていたかもしれない。彼の瞳は既に社会の底辺をしっかりと見据え、そこに引きずり込まれないようにする術をたしかに身につけていた。その点において彼はは組の誰よりも大人びていたと言える。土井はそれが嫌だった。

「おかえり、きり丸」
「ただいま」
「お湯を沸かしたから、それでからだを拭きなさい。髪も洗うといい」
「ありがとうございます」

きり丸は少し寒そうにしながらも身を清めた。丁寧に土埃をおとし、まっすぐな髪の一本一本を丁寧にほぐした。そうするとやっと彼は年相応になる。こざっぱりしたきり丸からは仄かに甘い臭いがした。むっとするような子供の匂いだ。

夕食を食べ終わるときり丸は明日も早いのでと早々に床につく。土井もそれにならった。秋の冷たい風がぴゅうぴゅうと吹き込むので二人は寄り添うようにして布団にもぐった。少し湿った布がわずかに気持ち悪かった。今度干さねばなるまいと土井は気を巡らす。きり丸は冷え性だったので、いつも小さく丸まって眠りにつく。土井はそれを抱えるようにしていつも眠る。いつかひとつの布団では窮屈になるやもしれない。そしてそれは遠くない未来に確実にやってくる。

「先生」
「どうした、きり丸」
「俺、先生に拾って貰えてよかったよ」
「なんだ急に」
「今日俺くらいの子供を見たんだ」
「…そうか」

きり丸はそれきり口を閉ざした。土井もそうだった。きり丸が見たのは多分乞食だろう。きり丸が歩んでいたかもしれない人生の断片を見たのかもしれない。土井はいたたまれない気持ちになった。きり丸は忍者になる。忍者になって、深い闇に身を落とすことになる。それは社会に潜む貧困とはまた違う、どす黒い闇だ。土井ははからずも彼の道を閉ざしたのかもしれない。きり丸をさらに深い闇に追い落としたのかもしれない。そう思うといつも胸のすくむ思いがする。

自分の稼ぎがあればきり丸一人くらい養うことは容易だろう。彼を不自由なく生活させることは可能なのだ。けれどそうした時土井はどうしたってきり丸に何かしらの返礼を求めてしまう。それがいけなかった。きり丸は自立して、彼の人生を歩むべきなのだ。大人の爛れた欲望をこの幼子に押し付けてはいけない。ただでさえともすれば理性が飛んでしまいそうになるというのに。きり丸は大人になれば美しくなるだろう。そういう目鼻立ちをしている。子供ながらに変な妖艶さすら持ち合わせていた。それは年を重ねるごとに厚みをまして、土井を追い詰めた。様々な欲望がわくたびに土井はひっそりと女を買う。そうしてどうにか帳尻を合わせ、今日まできり丸と床を同じくしているのだ。土井を押し止めるのはきり丸がまだ幼いというその事実ひとつだった。きり丸が大人になれば、もうわからない。その前に土井はきり丸を手放さなければならないだろう。彼を抱きたい、手前の好きにしてみたいという欲望はたしかに存在し、今も沸々と煮えたぎっているのだが、実際にそうする気は
毛頭なかった。だからどうかこのままで、幼いままで、ともに過ごしたい。土井は祈るようにきり丸に頬を寄せる。濡れた髪のにおいがした。


END






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