瞬きのいと惜しさ
※尸櫻編のあたり
背が伸びるにつれて、なんだか周りのものに取り残されてゆくような、そんなささやかな切なさを覚えた。
都に戻ると、そこにはしっかりと気が遠くなるほどの三年間が横たわっていて、昌浩は少しばかりの焦燥すら感じる。様々は昌浩にとって懐かしく、いとおしいものだったけれど、それが本当か、わからなくなるときがたまにあった。兄も父も母も、随分と小さくなったような気がするのだ。それは確実に、昌浩の方が成長したからなのだけれど、それでも端々にある違和感はどうしようもないものだった。自分はなにか大切な時間を、雪のなかに忘れてきてしまったのではないか。この身長や力と引き換えに、なにか言い様のないかけがえのないものを。
紅蓮、と呼び掛けると、物の化だったものがたちまちに青年の姿になった。そうして、どうした、と問うてくる。昌浩は少しだけ切なそうな顔をして、もう紅蓮の膝に乗せてもらうことはできそうにないね、と笑った。紅蓮はああ、と微妙な顔をする。それは昌浩の成長を喜ぶようでいて、わずかばかりの切なさを孕んでいた。がんぜない子供と揶揄された頃は紅蓮にとって瞬きひとつの過去であった。いつかこのような瞬きの中に、昌浩の安らかな死に顔を見る日がくるのだろうか。神に等しい存在にとって人の一生など、それこそ瞬く間に終わってしまう。そのくせ、そのいちいちがおびただしい寂寥と、怒濤のような悲しみを運んでくるのだから手に負えない。紅蓮はいまこのときがとてもかけがえのない一瞬に思え、どうしようもないほど昌浩をいとおしいと思った。
「なんだか都に帰ってから、みんなが本当にみんななのかわからなくなるときがあるんだ。ちゃんとわかっているのに、少しずつ違うのが、どうしようもなく寂しいんだ。紅蓮だけが、変わらないなぁって。でも、そしたら俺が変わっちゃっててさ。ほら昔、っていっても五年前かな。俺がみっともなく障気にあてられてガタガタ震えていたら、紅蓮が後ろから抱えるようにして、暖めてくれたじゃないか。ああいうのも、もうできないんだなぁって思うと、なんだか寂しい。背が伸びたのは嬉しいんだけどね。ないものねだりしてるのかなぁ」
はは、と昌浩は笑う。その声は透き通るような子供の声から、耳に心地よい男の声になっていた。ああと紅蓮は思った。この子はまだ寂しさにつぶされるような子供なのだ、と。変わらないでいてくれたらと思う。それは叶わないけれど、そう思わせるかけがえのないものが、この瞬きの間隙にはたしかにあったのだ。
たまらなくなって、紅蓮は昌浩を後ろからぎゅっと抱きすくめた。昌浩はえっと声をあげる。膝に抱えることはもうできないけれど、温もりならばいくらでも分け与えることができるのだ。
「これならば暖かいだろう。そんなに凍えなくても、いつだってこうしてやる」
紅蓮は昌浩よりずっと低い声で囁いた。昌浩は恥ずかしいよ、と赤面しながらも、その逞しい腕を振りほどくことはしなかった。変わらない体温が、昌浩にとって涙ぐむほどに懐かしく、ただ、懐かしく、そしてそれがいまも変わらぬことが、ただひとつと言っていいだろう救いだった。
END
少年陰陽師シリーズは完全なホモよりもこういうホモ臭漂う足し算的なものが好きかもしれない。