だからお前を憎めない






トムは寛大な男だった。語弊がある。寛大であろうとする男だった。例えば黙々とカメラのレンズ越しに世界を眺めているような、事なかれ主義のカメラマン。つまり起こってしまった時はしょうがないのでただ傍観して、それが面白そうならシャッターをきる。記憶の断片にして、脳味噌にしまい込むのだ。何も起こらなければそれでいい。ただ平和な日常をフィルムに焼き付けて、終わり。そんなフィルムが、現像されぬまま彼のポケットにぎゅうぎゅうつめられていた。彼はなるだけ傍観者でいたかった。けれど平和島静雄という男が現れてからはもう戦場でどうにか生き延びている兵士の心地だった。どこでシャッターをきられているのかわかったものではない。それから、トムは同性愛者で、カタカナで言うとホモだった。生物の遺伝分野でヘテロとタッグを組んでいる単語だが、そういう意味とはまた違う、俗っぽい方の意味でのホモである。静雄は別段魅力的ではなく、むしろ抱きたい部類からサッカーボール一個分完璧にズレたような男だった。けれど仕事で何回か組んでみると意外に面白い。扱い方さえ心得ておけば付き合いに苦労はしなかった。はじめ、惚れるとは思っ
ていなかった。けれど一回くらいなら抱きたいとは思うようになった。それが命取りだった。

トムは病院のベッドに横たわっていた。静雄にど突かれて、壁に激突したのだ。自宅で静雄といい雰囲気になったから、自分がホモだと告白して、酔いに任せて押し倒した。静雄もあまり抵抗しなかった。いけると思った。そしたらこの様だ。仕事も恋も慣れてきた時が一番危ない。一番怪我をし易い時期なのだ。ローションで濡らした静雄の後ろに指を入れた瞬間に身体が浮いた。その後は覚えていない。きっと怒らせたのだと思いガラにもなくおセンチな気分になっていたら静雄が見舞いにきた。大変申し訳ない顔でフルーツ盛りを手にしている。トムは今度こそ殺されるのかと思った。そのフルーツ盛りで頭をかち割りにきたのか。しかし静雄は「すみませんでした」と頭を下げた。そういえばトムの左肩は外れて、一時期プラプラになっていた。今はしっかり元の位置に戻り、固定されている。静雄は見たこともないくらい情けない顔になっていた。眉毛がハの字になっていて、これがあの平和島静雄だと言われても誰も信じないほどには変形している。彼の話によると、静雄に悪意はなく突発的にトムを押してしまったということらしかった。彼は突発的に人の肩を外し、骨と内臓
を軋ませることができるということか。しかしトムは別段怒りのようなものは感じていなかった。だからギャグなのか本気なのか静雄が「トムさん、今度ヤる時は俺に弛緩剤打って…いや、飲むタイプの弛緩剤飲ませてからお願いします」と言った時にはクツクツと笑ってしまった。トムのポケットにはまた現像されることのないフィルムが増える。誰にも見せることのない、彼だけのフィルムだ。


END



title by サーカスと愛人





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