spangle virgin






きっと男子なら誰だって経験があるはずだ。コンビニでベネトンの青いパッケージを手に取り、やたらキョロキョロしながらそれをレジへ運んでいった経験が。なんのことはない、思春期にコンドームはつきものだ。それを実際女の子に対して使うか、風船にして遊ぶか、財布にこっそり入れておくか、いざというときのための着脱練習をするかは人それぞれである。初恋を忘れたころにする中学生のささやかな大人の遊び。実際僕も一通りこなした。知識と経験は一味も二味も違うのだ。僕はそんなコンドームを使ったり、使われたりした記憶はあるけど、現在僕は未だに使ったことも使われたこともない。避妊は大切だ。セックスをすること以上に。

眞魔国に、渋谷風に言えばスタツアすると、僕は随分偉い人になる。きっと僕の立ち位置は、中二病とかいう病を拗らせた人たちにとっては大層魅力的だろう。渋谷なんかもっとそうかもしれない。きっと女の子なんて選び放題、侍らせ放題なのだ。けれどAV女優が前世の僕は、水商売をする女性が実はどんなものなのかようく知っている。どんな衣装部屋で、どんな生活をして、どんな男に抱かれているのか、知っている。仕事に誇りを持っていようといまいと、遊女は清潔ではない。時には汚い親父の息子を迎え入れることがあるし、それと同じ場所でまた違う金持ちの欲望を受け入れることがある。一般によくしれわたっている部分より深く、僕はそのことを知っている。それをわかっていて女を買うほど僕は女性に飢えていないし、やさぐれていない。僕には大きすぎる権力も、地位も、あまり必要ないのかもしれない。

「だから普通に愛が欲しかったのかもね」
「はい?」
「なんでもないよ」

ヨザックは不思議そうな顔をする。彼は上半身裸で、水を飲んでいた。ただの水なのに、彼が飲んでいるとなんだかとても美味しいもののように思える。僅かに酸っぱいような男の汗の匂いをさせて、オレンジ色の髪を僅かに乱していた。天下の大賢者様の前でもまったく臆した様子を見せない。それもそうだ、僕は四半刻前までこの男にいいようにされていたのだから。

初恋というものは耽美だ。甘く苦く、とろりとしていて、黄金色に輝いている。相手が好きだという気持ちだけを抱えて立ち尽くすことができる。だからこそツルゲーネフもそれを描いたのだろう。僕はその古典ほどひどい失恋はしなかったけれど、それなりの失恋はした。涙を流すほどにはロマンチックで、ありふれた初恋を、たしかに経験したのだ。けれど、ヨザックという男との恋を、初恋といわずして、なんと言えばよいのだろう。僕にはわからない。ただヨザックという存在に焦がれ、小学生のようにそれを求めることしかできない。いままでのどんな恋とも違い、けれど同質で、黄金色に輝いている。カンパリの妙な青臭さにも似ているかもしれない。ウィスキーほど熟成されておらず、卒倒しそうなほどのエネルギーはない。けれど、カンパリのソーダ割りをちびちびと少しずつ味わって、静かに酔っている程度には、心地よい充足があった。スプモーニほどごちゃごちゃしておらず、変な飾りがない分、カンパリの味がよくわかる。あの苦味の中から、微かな甘さを探し当てるよ
うに、手探りで相手の輪郭をなぞろうとしているのだ。時々唇や、口に出すには恥ずかしい部分に指先が触れてしまう。その時僕はじっくりとその襞をなぞってみたり、驚いてぱっと手を離してしまったりする。それは初恋に酷似していた。けれど、幼い恋にしてはあまりに濃密だった。はじめてのことをする幼時のきもちで身体を重ねるのはなんだかとてもいやらしい。なにも知らないふりをして僕はヨザックを愛撫するし、ヨザックは僕を愛撫する。愛なんて言葉を知らないふりして、感情をゆるやかに混ぜこんでゆくのだ。甘いお菓子を焼き上げるように。

「ヨザック、僕も水が飲みたい」
「はぁ、では水差しを持ってこさせます」
「そんなことをこんな格好でしたら城中にスキャンダルとして取り上げられちゃうだろう」
「俺が口をつけたものを猊下に差し上げるのは些か無礼かと」
「今更じゃないか。君はいつも僕の毒味をしてくれているのに」

それもそうだ、とヨザックはデカンタからコップに水を注ぎ、片手で僕に寄越した。無礼だなんだと言うにはあんまりに無造作で、僕は苦笑しながらそれを受けとる。静かに飲み干すと、自分が干からびていたんじゃないかと思うほどのスピードで身体に吸収された。ああ、美味しいと呟けば、彼はきっと不遜に笑うのだ。


END


title by アメジスト少年






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