Every cloud has a silver lining.






入学式のあった週の末にはサークルオリエンテーションがあった。在学生が新入生を自分たちのサークルへ引き込もうと様々を画策するイベントである。有利は高校からの友人である村田健とサークルのブースをまわることにした。ほとんど全てのサークルからチラシをもらい、もみくちゃにされるうちにあっという間に夕方になっていた。有利は前々から野球サークルには入ろうと思っていたけれど、野球サークルでも正式な部と、ゆるい同好会の2つがあって、さらには野球研究会だとかいうのもあって、結局3つまわる羽目になってしまった。野球部は高校の野球部の延長みたいな部で、週三回の練習だけ強制参加で、あとはグラウンドを使って集まったメンバーでの自主練習らしかった。同好会の方はというと、週に一回みんなであつまって野球をするだけで、研究会に至っては巨人ファンが居酒屋で熱く議論するだけという低落だったので、有利は過たず野球部に入部することにした。それから、村田が一人では入りづらいし、一つくらい女の子と絡めるサークルに入りたいと言ってき
たので、一番感じもよく、大衆向けで負担にならなさそうな天文部に入部した。コンラート曰く、同好会よりも部の方が学校から優遇されているし、活動もしっかりしているのだそうだ。村田は天文部と、もう1つあやしげなイベントサークルに入部したらしいが、宗教ではないようだったので大丈夫だろう。そっちはひとりで入るのね、と思わなくもない。とにかく、大学は自由だ。なにもかも自分で決めなくてはいけない。判断しないといけない。入学式後は手続き続きでうんざりしていたし、書類のミスはもう親のせいにできない。なんだか息苦しかった。息の仕方を覚えるまでの辛抱かもしれない。


疲れきって家に帰ると知らない男がいた。オレンジ色の髪をした男がよくわからないけれどリビングでスミノフの瓶をあけている。有利がなぜスミノフなんて酒を知っているかというと、村田が以前のみやすいと言っていたからだ。彼は高校から酒をたしなんでいる。

「えーっと…」

有利は来客かと思い、とりあえず挨拶をしようとした。

「もしかして君がユーリ君?かーわーいーいー!」
「はい!?」

男はその風体からは想像できないような高い声だった。からだをくねらせる様子なんかは女性を思わせる。有利が目を白黒させていると、トイレに行っていたらしいコンラートが帰ってきた。

「ヨザック、あんまり有利を怯えさせないでくれ」
「だぁって可愛いんだもーん。食べちゃいたいわぁ」
「未成年に手を出してくれるなよ。そうそう、有利、悪かったね。こいつは俺の友人で、グリエ・ヨザック」
「よろしこー」

ひらひらと手をふる男の方から、ふわりと酒のかおりがした。甘ったるくて、頭の芯を痺れさせるようなにおいだ。自分も大学生になったからには酒をのむのだろうか、と有利は考えた。もうずっと、身長は変わっていない。この場で酒をすすめられれば、断りはしないだろう。少しだけ、と可愛げもなく好奇心を押し殺した台詞を、吐いてしまうのだろうか。

「そうだ、バイト探してたよね、有利」
「え?ああ、一応。色々慣れてからはじめられたらなって」
「ヨザックの店、バイト募集中らしい。こいつ自分のゲイバーやってるんだ。有利が女装しなきゃいけないわけじゃない。まぁ、ボーイ的な。自給千円で、週2日程度だから、一応、考えてみて」
「はぁ…」

コンラートは簡単なメモとヨザックの店の地図が載ったチラシを渡してきた。有利はゲイバーと聞いた時点でバイトをする気はゼロだったが、村田にネタとして話してみてもいいかなぁとは思った。ヨザックがしきりに可愛い可愛い言ってくるのに、なんだかいたたまれなくなって、有利は自室にひきこもった。

部屋の空気はひやりと冷たかった。ファブリーズの清潔なにおいがして、落ち着いた。けれどなんだかリビングのすこし賑やかな雰囲気からすると少し寂しくて、ため息がこぼれた。時刻は夜の八時。晩飯は村田とマックに行ったので別段必要でなかったけれど、口をついて「腹減ったな…」と台詞がこぼれた。このセリフとキッチンはセットになっている。腹が減ったらキッチンへ行って冷蔵庫をあければよかった。そこにはなにかしらがある。キッチンは幸せのかたちをして、そこにある。少なくとも有利の実家ではそうだった。


いつのまに眠ってしまったのだろうか。気付くと真夜中だった。リビングの電気は消えていたが、なんだか人の気配がした。ヨザックが泊まっているのかもしれない。廊下に出るとキッチンにあかりがついているのがわかった。有利は胸を高鳴らせながらそこをのぞきこむ。すると案の定デューターがいた。と、思ったらどうやら違うようだ。濃い茶色のセーターを着たコンラートだった。嫌味なほどストレートのヴィンテージジーンズが似合っている。水の入ったグラスを持っていて、酔いを醒ましているようだった。

「起こしちゃったかな」
「いや、なんか変な時間に寝ちゃってて」
「そう。リビングにヨザックが泊まってる。悪いけど朝までそっとしておいてくれないか」
「ああ、うん。そういえば、デューターは?」

コンラートはグラスをすすぎはじめた。

「部屋にいなきゃ、まだ帰ってないんだろう」
「そうか」
「ユーリはなんだか猫みたいだね」

一瞬何を言われているかわからなかった。コンラートはもう一度、本当に、猫のようだね、と言った。

「冷たくされた方が好きになってしまうんですね」
「…あんた酔ってる?」
「ああ、まぁ」

そうかもしれない。コンラートはグラスを丁寧に拭くと、棚に戻した。カチャンと小さな音がした。コンラートの動きは緩慢としていた。いちいち動作が大きくて、目の焦点が合ってない。有利は面倒なことになったとちらっと思った。

「デューターみたいに冷たくされた方がいいの?」
「そういうわけじゃないよ。それにデューターは言うほど冷たくなんかないよ。」
「あっちの肩もってあげるんだ?俺はきらい?」
「好きとか嫌いとか、そういう感情抱けるほどまだ親しくないだろ?こういうのもなんだけど」
「デューターには好意があるじゃないか」

有利はドキリとした。それはコンラートの台詞に対してするには些か不釣り合いな気がした。なので、コンラートがジリジリと有利を壁際に追い詰めていたからかもしれない。コンラートからむわっと酒の不快なにおいがして、少し眉をひそめる。コンラートはそれがどうやら気にくわなかったらしく、有利の腕を掴んで、壁に押し付けた。よくある壁紙に手の甲と頭、腰、尻、踵がぶつかり、有利は恐怖がどろりと込み上げるのがわかった。

「お酒くさいかな?」
「…かなり」
「有利もすぐ覚えるよ」

うつしてあげるよ、とコンラートが言ったあと、有利は一瞬何をされたかわからなかった。唇になんだか弾力のある柔らかいものが押し付けられて、吃驚して叫びそうになったら、その悲鳴を押し戻すようにぬるっとしたものが唇を割って滑り込んできた。生暖かくて、アルコールの匂いがした。キスされているのだとわかった時には有利の舌が吸いだされ、聴いたこともない卑猥なおとがしていた。コンラートの体はがっしりとしていて、有利が押し返そうとしても動かない。

「ふっ…ざけんな!!」

やっとのことでコンラートを押し退けたが、コンラートは酩酊しているのか有利の身体にもたれかかり、そのまま二人でズルズルと床に座り込む。有利はどうしていいかわからなかったが、とにかくコンラートから離れなければ大変なことになると、逃げようとはした。しかしコンラートが有利の首に顔を埋めて、なんだかよくわからないことをすると、有利はなにがなんだかわからなくなってしまった。コンラートの暖かな手が腰のあたりにかかり、首の辺りはずっと痺れたようになって、心臓はドキドキを通り越してバクバクいっている。口は「なになになになんなの!?」を繰り返すばかりで一向に要領を得ない。コンラートの顔が一段と近くなって、また唇に何かされているうちにベルトが外されて、シャツが胸までめくれあがって、コンラートが、コンラートが、

「何をしている!」

突然の怒号に有利は身がすくんだ。すぐに身体からコンラート分の影と体重が消えて、変わりに鈍い音がした。狭い視界を音の方にうつすと、コンラートが頭をおさえて情けなく転がっていた。何が起こったかわからず口をあけていると、いつにもまして不機嫌というより憤然としたデューターが手早く有利の衣服を直し、腕から引っ張り上げ乱暴に立たせた。

「痛っ…ひどいな…」
「お前はっ…!!」

デューターはコンラートに何か言おうとして、相手がひどく酔っていると気付き、とりあえず胸ぐらだけ掴んで、やめた。コンラートは頭を床に強かに打ち付けたらしく、しきりに後頭部をさすっている。デューターはそんなコンラートをひっつかむようにしてキッチンから追い出し、彼の部屋へ押し込んだ。

有利は未だに何が起こったかわからず、壁に寄りかかるように突っ立っていたが、デューターが戻ってくると、なんだかわからないまま涙が出てきた。デューターが鬼の形相だったからかもしれない。

「泣くな」
「…あ…」
「怪我はしていないか」
「うう…」
「質問に答えろ!」

有利はまたビクリと肩を揺らし、何か言いつのる変わりにはらはらと涙を溢した。こんなに涙ばかり出てくるのは引退試合以来だ。以来といっても、あとは小学の野球チームでぼろ負けした時くらいしか思いつかない。わけもわからず泣くのは初めてだった。

「あいつに何をされた?」「同意の上だったのか?」「なんでこんなことになっている」等々デューターは質問を有利に投げつけたが、有利は答えられず、デューターはらちがあかない、と有利を自室へ放り込んだ。そうしておいて自分はどこかへ行ってしまい、有利はべそをかいたまま見知らぬ部屋に放置された。

デューターの部屋はなんだか微妙に煙草の臭いがして、さらに書籍や雑誌が乱雑に積み上げられており、お世辞にも整理整頓がされているとは言えなかった。灰皿の中身はそれなりに入っているし、デスクはかろうじて綺麗だったが、どうにも男臭さが抜けきらない。有利は居場所がなく、テーブルもない部屋なので、部屋の隅に腰を落ち着けた。頭の中がこんがらがって、自分が今どんな感情でいるのかわからなかった。

今自分がいる場所さえわからない。そんな場所が、本当に帰るべき場所なのだろうか?


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お久しぶりです\(^o^)/
コンラートがクソ野郎に成り下がり、ここからどうやってコンユフラグを立てていくのか作者でも予想がつきません。
酒癖の悪いコンラートと泣いてる有利が書きたかっただけの回。






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