As you make your bed, so you must lie in it.





布団がまだ届かなかったので、有利はその日リビングのソファーで寝ることになった。コンラートは零時になるのを待たずに部屋へ引き上げ、なにか作業を始めたので、別段気を使うことはなかった。むしろ息苦しい空間から開放されて、有利は溜め息をついた。コンラートはなにかと話題をふってくれたし、同じ学科の先輩らしかったので、入学式だとか、履修についてだとか、大学についてだとか、話題にはこと欠かなかった。けれどほとんど初対面のせいか、妙に緊張してしまう。家という非常にプライベートな場所で初対面の人と二人きり、というのはとても辛い。精神的に疲れていたせいか、有利はとろりと眠りについた。


物音で目が覚めた。キッチンの方からだ。コンラートだろうか?それとも、と気になってキッチンを覗いてみると、やはりコンラートだった。キッチンに立って、何か夜食を作っている。

「コンラート?なにしてんの?」
「…誰だ、お前」
「えーっと…あ、デューターの方?」
「誰だと聞いている」
「あー…昨日からお世話になってます、渋谷有利です」
「そうか」

デューターはコンラートと外見はとても似ているのだけれど、性格は全然だった。無愛想にもほどがある。有利は少しムッとして、「そうかってなんだよ。こっちが名のってるんだから、そっちも名のれよ」と言った。デューターはまるで汚いネズミを見た時のような目をして、有利をにらんだ。

「夜中にうるさいぞ」
「お前がうるさくて目が覚めたんだよ」
「人の家にあがりこんでおいて、いいご身分だな」
「な、なんだってー!?」
「あいつが起きる。エサをやるから少し黙れ」

有利は顔を真っ赤にして口をパクパクさせていたが、あんまりにも盛り付けられたポトフが美味しそうだったので、あふれでる欲望に素直になることにした。だがあまりいい気分ではない。これからチームメイトになるメンバーを少しでも知りたかったから残ったのだ。性格がわからない相手と仲良くプレーなんてできないじゃないか。有利は誰か一人大スターがいて、その人が点をとってくれる試合よりも、全員野球で泥まみれになりながら点をもぎ取っていく試合が好きだった。チームワークが重要なのだ。曲がりなりにもこれから家族になるのだ。仲が悪くないに越したことはない。仲良くなれる自信はないが。よくよく見るとデューターは随分整った顔をしていた。コンラートもそうだったけれど、コンラートは好い人な雰囲気が全面に出ていて、イケメン好青年というイメージに過ぎない。けれどデューターは寡黙なせいで整いすぎている顔面にすごい勢いで目がいってしまう。とりあえず格好がいい。とても格好いい。性格悪そうだけど。

「なんだ」
「別に」
「席につけ」
「言われなくても」

気付かなかったが、デューターはジャージ素材のスラックスに、少し毛玉のついた黒のブイネックセーターだった。スーツから着替えたにせよ、風呂上がりにせよ、言動に似合わないので有利は少しだけ、おっと思った。コンラートは家だというのにストレートのジーンズに明るい茶色のセーターだったからだ。

ダイニングキッチンには二人暮らしなのに四人掛けの高そうなテーブルがある。そこの適当な椅子に座ると真っ白な器に盛られたポトフが出され、真ん中にはフランスパンをカリカリに焼いたのが少しだけ置かれた。あんまり綺麗な料理なので、有利は少なからずおどろく。ダイニングテーブルの向かいに座った相手は遠慮もなくポトフを咀嚼しはじめるので、有利も何も言わず木製のスプーンを握った。

「え、うまい」

野菜はとろけそうに柔らかったのに水っぽくなく、さらに塩味でシンプルなのに癖になりそうな味付けだった。夜食にしたって胃にやさしくて、お腹一杯になる。コンラートがデューターも料理をしないと言っていたのに。

「鍋がいいからな」
「鍋?」
「ル・クルーゼの…いや、知らないか」

デューターは小馬鹿にするというより、知らない名前を出すことに遠慮するように口ごもった。有利の脳裏に、母親の「新しいお鍋ル・クルーゼにしたのーとっても高いんだけど、すごくいいお鍋なのよーふふふー」という笑顔がばんと浮かんできて、つい「実家でもその鍋だった」と口走った。

「すごい高いブランドらしいのに、意外」
「なぜだ」
「コンラートがあんたも自分も料理はしないって言ってたからさ」
「…そうか」

デューターはさっさと食べ終わると、後片付けを始めた。有利は申し訳なくなってきて、食べるスピードを速くする。

「急ぐな。勿体無い」
「あ、ごめん」
「皿くらい自分で洗えるだろう。洗ったら拭いて戸棚に戻せ」
「あ、うん」

デューターの作ったポトフはほんとうにおいしかった。大きめに切られたにんじんが、なんだかキラキラ光って宝石みたいだった。キャベツもタマネギもどこまでも甘くて、食べていると自分は今ものすごく幸せなんじゃないかと思えてくる。あんた、案外いいやつなんだな、という台詞をスープと一緒に飲み込んだら、なんだか眠たくなってきた。デューターは手早く後片付けを済ませると、挨拶もせずに自室に引っ込んだ。時計を見ると夜中の2時を少しまわったあたりだった。皿を洗おうとシンクに立つと、使い込まれて温かみを帯びた調理器具が目についた。まな板もおたまも木製で、オレンジ色のル・クルーゼの鍋によく似合っていた。有利はなんだか神聖な場所に立っている気分になり、皿をいつもより丁寧に洗って、丁寧に拭いた。キッチンを使う時はデューターに一言断ろうと、誰に言われたわけでもないけれど、そう思った。


翌日の夕方に、有利の布団が届いた。敷き布団、毛布、掛け布団、布団カバーのセットで、ブラウンで統一されたものだ。それを部屋に運び、メイキングしてみると、ああ、自分はこの部屋に住んでいるんだ、という気分になった。あと1週間で大学の入学式がある。なるだけはやく、便利な通販や近所のインテリアショップを駆使して自分の居場所をつくらないといけなかった。けれどとりあえず、自分が寝に帰ってくるのはこの部屋なのだ。ばふっと音を立てて布団にたおれこむと、昨日のポトフの味が思い出された。



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第二話終了です。
なんだかデュタユだけフラグ立ってしまった。





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