East or west, home is best





自分の居場所というのはとても落ち着く。野球の試合だってホームグラウンドでやった方がリラックスして臨めるはずだ。いつものスタンド、いつものベース、いつもの土なら、どの程度のスライディングで充分なのか、どの程度の踏ん張りが必要なのか、もういやになるほどに練習している。それは自分の家だとか、部屋だとか、そういった場所における安らぎに少し似ているかもしれない。使い慣れないとわからないクセがいたるところにあって、それをちゃんとわかって使ってあげられる安らぎ。シャワーなんか、特にそうだ。有利の家のシャワーはお湯を出して、使い終わって止めると、次にお湯を出そうとしてもしばらくお湯を出すと水に変わってしまう。そのまま出し続けても水がずっと出続けるので、ちょっと止めて待ってあげなければならない。そうしてはじめてお湯が出てくれる。他の人はこういう手順を頭で考えながらシャワーを使わなければならないが、有利は何も考えなくてもシャワーを使える。そういう幸福は、普段幸福としてではなく、日常としてそこにある。失っ
てみないとわからない幸福として、そこにあるのだ。

引っ越しという作業は驚くほど面倒なものだ。自分が普段使っているものを整理して、ダンボールに詰め込んで、さらにそれを借りてきたトラックに詰め込まないといけない。布団は新しいのをもう買って、引っ越し先へ届くようにした。有利は今年の春から大学生になる。ぐうたら野球だけして過ごした春休みのツケが、今まさにまわってきていたのだった。服はもう着ないものがほとんどだったし、高校で使った参考書や教科書、プリントの山はダンボール3つぶんはあったし、それらは無論ゴミとして処理される運命にあった。部屋は有利の部屋として残しておくのだから、整理なんてしなくてもよかろうにと思うのだが、母親はこういう機会でないと部屋のものはいつまでたってもなくならないのよーと有利の尻をたたいてくる。引っ越しといっても有利の場合は他の人よりは随分楽だった。引っ越し先には家具家電だけでなく、キッチン用品、洗濯用品、ついにはお風呂用品まで有利の私物以外、生活に必要なものはすべて揃っているのだから。さらに4LDKの高級マンションだな
んてまるで夢のような話。同居人がいる、という点を除いては。

有利の母は極度の心配性である。有利の大学進学が決まっても、一人暮らしが心配だとか、都会は危ない、だとか言ってなかなか有利が家を出ることを許してくれなかった。だが有利の進学する大学は実家から電車で片道二時間かかる。自宅から通うには少々無理のある距離だった。そこで白羽の矢がたったのは、以前から母が仲良くしているツェツィーリエという某大財閥の女社長である。彼女には四人息子がおり、そのうちの一人が有利の通う大学の大学院に通っているのだ。その人は双子の兄とルームシェアしており、ちょうど部屋がひとつ余っているらしい。さらにそのマンションはツェツィーリエが所有、管理しているマンションであるため、家賃の心配はしなくてよいのだから選択の余地はなかった。母も彼らとの同居なら安心、と有利の一人立ち(正しくは違うのだが)を認めてくれたのだった。

有利はその同居人と小さな頃に少し遊んだ記憶くらいしかなかった。年が離れているせいもあったかもしれないし、どちらかというと年の近い末のヴォルフラムとばかり遊んでいたからかもしれない。大学院に通っているのがコンラートで、その双子の兄はたしかデューターといったはずだ。コンラートはともかく、デューターはむかしから寡黙な人であったので、どのような人物かまったく見当がつかなかった。ツェツィーリエは大歓迎、と言っても、実際同居するのはその双子なのだ。そう思うと有利はいたたまれない気持ちになる。どうにも自分が歓迎されるような立場にはないように思うのだ。もうどうしようもないことなのだけれど。トラックに様々を積み込んでみても、不安は募るばかりだった。

引っ越しは案外あっけなく終わった。部屋はマンションの二階で、狭い玄関からダンボールを一つ一つ運ぶのは骨が折れたが、たった5つだ。あとはカラーボックスが2つで終了。父はコンラートに菓子包みを渡し、息子をよろしくお願いしますと簡単なあいさつをしたらすぐ帰ってしまった。デューターは仕事らしく姿が見えない。土曜日なのに熱心なことだ。聞いた話だと、デューターは有利の通う大学を卒業後、大手広告企業に就職したらしい。すごいなぁと思いながらも、有利はなんだか遠い世界のような気がした。コンラートはなにかと引っ越しの手伝いをして、家の中を案内したり、生活用品のシェアについて親切に説明をしてくれたりしたのだけれど、有利はこの人は簡単に信用してはいけない人だと感じた。どうにも、笑顔が綺麗すぎるし、社交的すぎる。緊張した空気を微塵も感じないし、するりとこちらの心の隙間に入り込んでくる。こういう人は信用してはいけないと、有利は経験上なんとなくわかっていた。

「デューターは今日も仕事でいないんだ。彼はあまり家にいないし、部屋にこもりきりだから、そんなに話すこともないかもしれない。誤解を招きやすい人だけど、悪いやつじゃないよ」
「…なんだか、他人の紹介してるみたいだね」
「そうかな」

コンラートは肩をすくめてみせた。あらかた荷物の整理も終わったのだが、随分部屋は殺風景だった。カラーボックス2つしか家具がないのだから当たり前だ。今度適当なテーブルを探しにいこう。カーペットも選ばなければいけない。まだ傷の少ないフローリングは随分冷たかった。有利にあてがわれた部屋は八畳ほどの部屋で、クローゼットもついていた。大学生には充分な部屋だ。今までは物置がわりに使われていたらしく、急いで撤去されたらしいダンボールが共用リビングに放置されていた。窓はひとつだけあったけれど、カーテンはついていなかった。数日間は家具屋と生活用品店の往復になるだろう。有利は少しだけポジティブな気持ちになった。

「料理はキッチン使って好きにしてくれていい。俺もデューターもあまり料理はしないから、材料だけ自分で買って。あと風呂のシャンプーとかコンディショナーも自分の用意してね。とりあえずはコンビニで買うと楽かも。掃除とかは一応当番制だけど、まぁデューターがいるときにね。こんな感じで、これからよろしく。」
「こちらこそ、お世話になります」
「汗かいたろうから、風呂入る?今日は俺の使っていいから。青い方ね。ボディソープは白いやつ」

すすめられるままに有利は風呂場へいったのだけれど、兄弟ですんでるにしては随分色々区別されてるんだなぁと感じた。シャンプーやコンディショナーだって、野郎なら共用でもよかろうに。見ると、風呂場用のラックが2つあって、シャンプーやコンディショナー、ボディソープ、その他諸々が綺麗にわけられていた。シェービングジェルなんか同じメーカーのだ。コンラートはそうでもなさそうだったから、デューターが几帳面なんだろうか、なんて考えながら有利はシャワーを浴びた。シャワーはけっこう良い勢いで有利の疲れを洗い流した。けれど、お湯の温度の調節が難しかった。お湯のコックと水のコックの微調整で温度を調節するオードソックスなタイプだったけれど、水をいくらひねっても熱すぎるお湯が出るし、捻りすぎると水だけになる。どうやらお湯はあまり捻ってはいけないらしかったが、温度調節だけで十分はかかってしまった。有利は、熱かったり冷たかったりするシャワーの下で、なんだか泣きたいような気持ちになった。どうしていいか、わからない。アウェ
イのグラウンドで、割れるようなブーイングをうけている気分だ。ここではどれくらいの踏ん張りが必要で、どれくらいのスライディングをすれば充分なのか、まるで見当もつかない。ホームグラウンドが、随分恋しい。


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こんな感じで現パロやります。
次男が敬語じゃない…有利がなついてない…どうしてこうなった。
まぁ、これからこんなかんじで連載していきます。





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