ペーパードリップ式コーヒー






随分寒くなったなぁと修兵は思った。寒くなると師走になる。師走になると仕事が立て込む。仕事が立て込むとストレスが溜まる。つまり寒いことはストレスに直結しつつさらに回り道をしてまで修兵にストレスを与えようとするのだ。けれど修兵は寒いことは嫌いではなかった。冬の朝は美しく澄んでいる。冷たく薄青をした空気は好ましい。冬になると修兵はいつも早起きをする。静かに支度をしていると、ひとつ、またひとつと足音が増える。しまいにはバタバタと慌ただしい喧騒に様変わりするのだが、その頃にはもう、修兵は仕事をはじめているのだ。仕事をはやくにはじめると、はやくに終わる。はやくに終われば次の仕事まで手が回る。修兵は仕事は嫌いでなかった。現世から持ち帰ったコーヒーを丁寧にドリップしたのが机上にあるとなおよかった。コーヒーの似合う男は格好がいい。おなじような理由で修兵はブラックを啜る。ペーパーの端をきっちり折り込み、ふっくらと膨らむ鮮度の豆にお湯を注ぐのが楽しみだった。最近飲むのはブルマンサントスだ。ブラックでも飲み
やすくていい。だが恋次は珈琲が嫌いだった。彼には修兵には理解できない様々のこだわりがあって、珈琲は飲まないと決めているらしかった。だから修兵お気に入りのコーヒーの味も、ミルでひいた新鮮な香りも、何一つ恋次と共有することはなかった。そのわり恋次は、珈琲がよい香りであることをよく知っているのだ。修兵の髪に鼻を埋めては、珈琲のいい匂いがする、といい顔をする。それはとても幸せな共有かもしれない。修兵がその香りを身にまとっている時は大抵出版の仕事をしている時だ。デスクワークにはコーヒーがないといけないし、徹夜にもコーヒーはつきものだった。だんだんと、修兵はコーヒーに侵食されていく。最後の方には、頭の回転が妙に遅くなって、苛々して、どうしようもなく具合が悪くなる。そんな徹夜明け、〆切明けの修兵を、恋次は静かに抱き締める。そうして、珈琲にまみれた彼の身体に何気なく自分の香りを塗り重ねて、満足する。修兵はすぐねむってしまうので、このよろこびを共有することはけっしてないのだけれど、修兵が目覚めた時には
いつも恋次が横で寝ている。その寝顔のあどけなさに静かな充足を覚え、恋次がするようにその燃えるような赤毛に鼻をつっこむと、恋次と、自分と、コーヒーの混ざったにおいがした。それはとても幸せな共有かもしれない。


END




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