melt down waltz
姿見に目をやれば、引き締まった肉体が写し出される。修兵の身体には無駄が無く、筋肉がひしめき、細く、しかし男として十分な力が備わっていた。阿散井のように筋肉の隆起した身体ではないが、鋭敏な印象を与えるその体は一種の男性らしさを象徴しており、脂肪が少なく、隙間無く鍛えられている。もちろん腹筋は綺麗に割れ、ささやかな谷間をつくっていた。修兵は女なら抱かれたいと思う体をしていた。服もすっきりと着られる体だった。ストレートのヴィンテージジーンズが似合う骨格だ。だが修兵は、自分の身体がそれほど好きではなかった。
「ああ、いい気味だ」
「…何、がです」
「てめーより良いからだした男抱くのはよ、なんだか支配してる気分に浸れていいんだよ」
「俺なら、劣等感で死んじまいそうになります」
「わかってねぇな」
阿近の身体は貧相だった。痩せて、肋もわずかに浮いている。削がれているだけで、締まりがない。修兵の首に丁寧に跡を残し、阿近は舌なめずりをした。赤く薄い舌が見え隠れする。修兵はこの阿近のにやりとしか形容しがたい顔が大変好きだった。口端が歪み、つり上がり、黒い眼が細められ、鼻筋に皺がよる。修兵はああ、手前は今この男に支配されているのだと感じた。それは緩やかな拘束で、温かな安心感だった。阿近の指が動くと、修兵の服は乱れた。傷跡の目立つ肌が露になる。阿近の手は冷たい。密やかに、修兵を煽る。足袋をひっかけるようにして脱ぎ、ぺたりと足を畳に置いた。自分よりずっと貧相な男に組み敷かれ、今まさに支配されている自分を意識すると、修兵は静かな安息を覚えるのと同時に、欲情を催すのだった。阿近はけして修兵を優しく扱ってはくれない。むしろ粗雑に抱く。手前の勝手で服を脱がし、手前の勝手で舐めさせ、手前の勝手で跡をつけ、手前の勝手で修兵をこじ開ける。修兵はまだ情けない阿近のそれに頬擦りをし、口に含み、唾液を垂らす。
情けのないことをしている。そこには手放しの快感などありえず、阿近の寄越す痛みの中から快感のおこぼれをあずかって、静かに満足する。それだけだ。背中が畳で擦れて赤くなるが、阿近は修兵を布団に連れていこうとはしなかった。修兵はかすかにあえぎ、息を乱し、身体に満ちる暖かなものを感じる。それは秋の眠たくなるようなだらしない日和に似ていた。修兵はやっとその中で息をする。阿近は噛みつくように、修兵に跡をのこす。修兵は阿近の青白い腕の中で、微睡みの中にいるように何も考えず、されるがままになり、痛みに眉を寄せた。もうすぐ冬だ。
「ああ、綺麗になった」
阿近の声は耳に残る。悲鳴のように、薄汚れた言葉はささやかれる。
姿見にからだを映すと、たいそう汚ならしく見えた。赤い楕円が気まぐれで散らばり、みみず腫がそこらに横たわっている。修兵の身体は鋭敏な印象を与えなくなった。女なら抱かれたいと思うようなものではなくなった。跡形もなく汚されていた。キシキシと痛んだ音が聞こえそうだ。けれど修兵はこのようにしてからやっと、自分の身体が好きになれる。緩やかな拘束が、静かに修兵の首を締めつけた。
END