セブンスヘブンで会いましょう




金造はバンドのボーカルだったが、よく曲も作った。柔造は金造のつくる曲が好きだったので、金造が作曲にかかりきりなときにはよく調子を聞いた。するとまぁまぁ、だとか、行き詰まっている、だとかの返事が帰ってくる。しかし金造は製作途中の曲を柔造に聴かせることは絶対にしなかった。金造は必ず最後まで作曲し、バンド仲間と審議をし、アレンジまでくわえてから柔造に聞かせる。使い古したMDプレイヤーから流れてくるのはいつだってタイトルまでしっかりつけられた既成の曲だ。柔造はそれを別段不快に思うことはなかったし、寧ろ当たり前だと思っていた。柔造は金造の曲は好きだったが、ロックンロールにはあまり興味がなかった。

金造がまた曲を作りはじめたのは、紅葉がだんだん色づきはじめるあたりだった。今度はなかなかに手こずっているのか、その紅葉が散ってしまっても柔造はその曲を聞かせてもらえなかった。時たま金造の部屋からアコースティックギターの控えめな音色が聴こえてくる。エレキはうるさいと父親に叱られるのでスタジオや練習場でしか使わないことにしているようだ。その音色から察するにバラードらしい。近頃はだんだんとまとまってきているらしく、曲として聞けるようになってきたが、なにか変な空気をした曲だなぁと、柔造は頭の隅で考えた。

そんなある日、柔造は金造に相談があるから飲みにいかないか、と誘われた。連れていかれたのは金造の行きつけらしいバーだった。居酒屋でなく、本格的なバーだ。ハードカバーのメニューを開けば、さまざまなな種類のカクテルがベース別に連なっていた。柔造は普段焼酎や日本酒ばかり飲んでいるので、少し戸惑ったが、無難にジントニックを頼んだ。背表紙近くをめくっていくと、普通に焼酎や日本酒もあったが、なんだかそぐわないような気がしたのだ。金造はジンゴールドを頼んで、「金造やからな」と笑った。柔造も金造もジンが好きだった。甘くなくていい。独特の苦味と辛味がよかったし、柑橘系とは少し違う爽やかさが好きだった。

「この店、ジンベースの色々種類あんねや」
「お前ジン好きやもんな」
「色々他やとないんやで」
「おお、ほんまに色々あんねんな」

メニューには柔造の聞いたことのないようなカクテルが連なっている。ここは完全に金造のテリトリーなのだと思った。この店に金造は溶け込んでいる。かれの呼吸はこの店の匂いがしたし、この店は金造の匂いがした。家の座椅子に座るように、金造は高めのスツールに座る。柔造は逆に水に浮いた油の心地がした。

「そういや、相談てなんやの」

柔造が思い出したように聞いた時、互いのグラスは空になっていた。濁ったタンブラーを鳴らして、金造は新しくジンライムを注文をする。柔造は少し考えて、レゲェパンチにした。そうしてから金造は少し黙った。

「新しい曲のタイトルつけて欲しいんや」

金造の目元は少しだけ赤らんでいた。バックからいつものプレイヤーとイヤホンを取り出して、柔造に押してよこす。柔造ははじめてのことだったので、「あんまロックとかわからんよ」と言った。金造はどうにも譲れないものがあるらしく、それでもいいからとりあえず聞いてみてくれと言う。柔造はどうしたものかと思ったが、とりあえず聞くだけは聞こうとイヤホンをつけた。頼んだ酒が届いたので、それに口をつけながら慣れた操作でスイッチを入れる。見ると金造の飲み物はもう半分になっていた。そんなに早くのんでしまって大丈夫なのだろうか。ジンライムは随分不服そうにしている。

聴いてから柔造はどうしたものかと思った。曲は四分程度のもので、バラード調だった。MDにはアコースティックギターの音色と金造の歌声だけが録音されていた。どこまでも普段と異なっている。柔造が唸っていると、金造は今度ホワイトレディを頼んだ。柔造はまだレゲェパンチが残っていたので何も頼まない。

曲の内容は両想いのような片想いを唄ったもので、相手に対する思いや現状の辛さが切々と語られていた。最終は「結ばれてはいけないとわかっているけれど」で歌もアコースティックギターの音色もプツリと途切れる。金造の様々が透けて見えるようだった。酒に溶けたような目をして、それは欲情に濡れているのだ。柔造は心底金造が可愛らしいと思った。しかしどうしたものかと、とりあえずレゲェパンチを飲み干してみる。

「なんで俺なん」
「…まぁ、なんとなく」
「…せやかて、俺こういうの苦手やし」
「なんでもええよ」
「せやかてなぁ」

金造はホワイトレディが届くと、また直ぐに飲んでしまった。そろそろ視界がぐらついてくる頃だ。手前はあと一杯だけにしようと、柔造はメニューを見る。すると、ふと1つのカクテルが目に留まる。柔造がそれを頼むと、金造がまた懲りずにギムレットを頼んだ。

「ギムレットには早すぎる、だろ」
「あ?」
「なんでもない」

柔造はショートグラスは嫌いだった。タンブラーは持つに安定するが、ショートグラスは脚が折れてしまわないかとひやひやする。届いた白色の酒を柔造はじっと見つめる。ジンベースの辛口なカクテルだ。この店はシェイクでなくステアするらしく、酒の角がとれていなかった。

「なぁ、曲名、これにしようや」
「なんや、それ」
「セブンスヘブン」

金造は、一気に酔いの醒めたような顔をした。そのあたりはまだ兄弟なのか。だとしたら、やはりギムレットには早すぎた。今が一番幸せなのだ。結ばれたなら、現世は地獄。


だからセブンスヘブンで会いましょう


END


柔造がへたれな話
企画:love is blind様に捧げます





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