透明な雫が肌を滑り落ちていく






夏はラムネが美味い。甲子園見ながらキンキンに冷えたラムネをチビチビ飲むのが好きだ。最後にキャップを外して手に入るビー玉も綺麗だ。部屋にはびいどろの金魚鉢があって、その中にビー玉は溜まっていく。もう半分埋まった。透明なビー玉がひとつまたひとつ増えていく。甲子園の白球のように。宝石のように輝いて。

ユーリの季節も過ぎて、もうあちらの世界も茹だるような暑さが毎日続いている。執務室は熱が籠もらないようにはなっているけれど、如何せん服の素材がよろしくない。Yシャツになってはみたものの、やはり暑い。この世界にはユニクロもエアコンも、扇風機すらない。窓の外では陽炎がたっている。蝉が鳴いていそうだけれど、この国にはいないらしい。静かに、静かに、まとわりつくように熱い。湿度は高くないが、かえって水分を浪費していそうだった。コンラッドが気を利かせて冷たい水を寄越したけれど、冷蔵庫もないので、ぬるくなる。とうとう具合が悪くなって、俺は寝室へ担ぎ込まれた。

「情け無いなぁ、水分補給、してたつもりなんだけど。室内じゃしばらくクーラー生活だったから」
「すみません、もう少しこまめに休憩を取っていただくべきでしたね」
「コンラッドは悪くないよ」

身体が熱い。熱で膨張して、空気に溶けていくようだ。ベッドに沈んだ背中に熱が籠もる。やたら視界が眩しい。コンラッドの声だけ鮮やかに音だ。緩やかな風が心地いい。扇いでくれているのか。

(軽い熱中症、かな。頭がぼんやり、する。仕事したくないな。今日はもう充分だよ。なんて、これが野球なら俺は考えたりしないのに。少しだけ辛い。俺が仕事しないとギュンターやグウェンが。誰かのためにって、辛いな。頭痛い。俺は少し無責任だ。ちくしょう、辛いな。)

「何か飲みたいものはありますか?」
「………ラムネ」

ラムネが飲みたい。言ってしまってから、後悔した。これじゃああっちとこっちを比べてるみたいだ。そんな、こっちに無いものをねだって、俺は何がしたい。コンラッドに当たり散らしてるみたいだ。情けなくて、涙がでそうになる。

「ごめん、なんでもないんだ。水となんか軽く塩分とれそうなもの、もってきてくれ。ごめん」
「いいえ、いいえ」

コンラッドは俺の頬に手を当てて、申し訳なさそうに目を細めた。小さな銀の星がチクチクと俺を責める。俺はなんて王様なんだろう。なんて、なんて。

(ただ、この世界には何もないなぁと、ふとした時に思うんだ。ラムネもない、ユニクロもエアコンも、街灯も自販機もなくて、たまに俺の居場所さえ、無いんじゃないかって…)

「今日は結構仕事も進みましたし、切り上げて休みましょう」
「俺はもっと頑張れるよ」
「でも、辛いでしょう」
「もっと辛い人はいっぱいいるよ」
「ユーリが、辛いんでしょう?」

俺は静かに目を閉じて腕で顔を覆った。そうでもしないとやっていられなかった。静かだ。耳のあたりが冷える。蝉がいない。もっと騒いでいてくれていいのに。小さな星が静かに、静かに微笑みそこにいてくれる。それだけでいい。



透明な雫が肌を滑り落ちていく


END








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