冷蔵庫の必要性について






都会は便利だ。100メートル歩く毎にローソンかファミマ、セブンイレブンが軒を構えている。ローテーションしているそこには、日常を生き抜くために必要な生活必需品や食料が安価で陳列されている。冷蔵庫のいらない時代が到来したのだ。静雄の部屋には当然のように冷蔵庫がない。それだけでなく家具家電、インテリアの類はほぼ存在しなかった。機嫌が悪い日に暴れて全部壊してしまったからだ。残ったのはベッドとソファ、それから本当に必要最低限の生活用品だけだった。キッチンもなく、静雄はアパートの近くにあるコンビニで弁当や飲み物、パンを購入して日々生活していた。

けれどある日見かねたトムが「冷蔵庫くらいは必要だべよ。これから暑くなんだし」と静雄を家電量販店へ引きずっていき、小さめの冷蔵庫を一つ買い与えた。買い与えたと言っても何割か微々たる料金を払ったに過ぎない。ほぼ全額静雄が金を出した。けれどその後静雄はロッテリアで昼飯を奢って貰ったので文句は言わなかった。また、丁度不便だと思っていたところだった。それは紺色のボディで、妙な光沢を持っていた。しばらくして主にそれは酒を冷やしておくための装置として使用されるようになった。殺風景すぎる部屋の中でその冷蔵庫は変に浮いていた。だが夏場好きな時にすぐ冷えたビールが飲めるようになったので嫌いではない。アイスが溶けてしまうのが玉にきずだった。

静雄とトムが妙に仲良くなったのもその頃であり、静雄が変にトムを意識するようになったのもその頃だ。初めはただ彼の仕草が妙に好ましく感じられるだけだったが、自慰の妄想に登場するまでの好ましさに変貌を遂げると、静雄は悩みに悩んだ。そんな時ひょんなことでトムと喧嘩した。静雄があんまり公共的な物を破壊するからトムが一寸たしなめたのだ。普段静雄はそんなことでは腹を立てないが、何故か無性に腹が立って仕方がなかった。かっとなってトムを突き飛ばしたら、面白いほど彼は飛んで、街灯に激突。背中を痛めさせてしまった。直ぐに我に返ったのだけれど、呻くトムになんと言っていいかわからず、逃げた。逃げ帰り、荒れた。部屋の壁に大穴を開け、ソファとベッドをひっくり返し、最後に紺色のボックスを蹴り飛ばした。その紺色が一体なんだったのかを思い出すと、突然怒りがさめ、変わりに猛烈な自己嫌悪が津波のように襲ってきた。だから嫌だったんだ。使い物にならなくなった冷蔵庫を小突きながら泣きそうな声で呟いた。

翌日無断欠勤して、ああいよいよこの仕事も首かとアンニュイな気分で部屋に転がっていると、ドアのインターホンが鳴った。誰だ誰だとチェーンを千切る勢いで玄関をあけると、トムがいた。「よっ」と気の抜ける挨拶をしてきたので、静雄は素直にチェーンを外してしまった。

「あーあ、こりゃ追い出されんぞ。新しい部屋探すの手伝ってやろうか?」
「いや…ここ知り合いの所有なんで追い出されはしないと…修理費は請求されますが」
「ならよかった。あ、お前今日病欠な。40度の熱が出てることになってっから」
「え、」

トムはよっこらしょとソファを座れる状態に直した。流石にベッドは断念したが。それから無残にも破壊された冷蔵庫に手をかけると、中身はどうなってるのか確かめ始める。ビールが二本転がり出てきた。

「あ、すいませんソレ…」
「うん、全くだ。また買いに行かなきゃなぁ」
「トムさん、」
「ん?」
「…なんで」
「だってまだ暑いし」
「いやそうじゃなくて」
「昨日のことなら気にすんな。あれくらいなんともねぇよ」
「でも」
「静雄、ビール飲むべ。昼間っから。贅沢だぞ」

ぬるくなったビールを押し付けられて静雄は眉間に情けない皺を寄せた。プルタブを開けるに開けられず、泣きたくなった。

「トムさん」
「んー?」
「すいませんでした」
「いい、別に」

やっと開けられたビールはずいぶんぬるくなっていて、不味い。それを美味しそうに飲むトムがやはり好ましく、静雄は頭がおかしくなりそうだった。やはり冷蔵庫は必要だ。


END








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