きっと騙されていたいのだ






静雄は随分と長い間煙草を吸ってきている。それが中学からなのか、高校からなのかは忘れてしまった。臨也に高校で喫煙をチクられ(それは勿論直接的でなかったけれど)出停をくらってから暫くは禁煙したが、その期間を差し引いてもなお余りある時間を静雄は煙草と共に過ごしている。静雄はセブンスターが好きだった。メジャーな銘柄だ。中にはマイナーな銘柄を吸って通ぶる輩もいるがそういうヤツに限って煙草が似合わない。例えば屋上で紫煙をくゆらす姿だとか、煙草をくわえる時の仕草だとかが妙なのだ。変に気取っている。それは笑ってしまうほどで、時に静雄の目には間抜けにすら映った。本当に煙草を吸いたい人の格好というのは図らずも洗練されてくるものだ。心持ち一つで指先から何からがガラリと変わってしまう。それだけに煙草の似合う男は静雄から見ても魅力的だった。そしてその人物というのがトムである。彼の仕草には無駄がなくて、だからこそ格好よかった。煙草を吸うための最低限の動作を最低限の注意で完結させる。さらにこの人はとても美味しそうに静雄ですら眉をひそめるようなマイナーな銘柄の煙草を吸ってみせる。かといって
それが全面的に表情に出ているわけではない。寧ろ彼は哀愁すら漂う佇まいで煙草をふかした。ただトムが煙草を吸っているのを見ると無性に煙草を吸いたくなる。静雄は心底トムの煙草の吸い方が好きだった。熱烈に焦がれてすらいた。だから以前トムに「ああ俺とお前、おんなじ臭いがするよ。ヤニ臭ぇなぁ」と冗談混じりに言われた時も頬が赤らむ心地がした。柄ではないと自覚していたけれど、歓喜の声というものが心の底からフツフツとわいてくるのだ。静雄はそれくらい、トムに入れ込んでいた。

静雄がトムを力任せに押し倒してみて、はじめに持った感想は「なんだこんなものか」だった。静雄の細い腕の下でもがく彼はいっそ滑稽で、静雄が焦がれたトムとはまるで別人だった。けれど彼は確かに同じ男なのだ。静雄は乱暴を働いているのに興奮もせず、むしろ冷静にトムの首の付け根、そして肩口に鼻を押し付けた。そうして、「あああんたと俺、おんなじ臭いがするよ。ヤニ臭ぇなぁ」と笑ってみせた。果たしてこれは誰の台詞だったか。静雄は未だに思い出せないでいる。


END



title by クロエ






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