素直になれないそんな日も




日高は今日出勤で、五島は今日が非番で、秋山が今日は出勤で、弁財は今日が非番で、あとのことはわからなかったけれど、とにかく、弁財がひとりで何をしようか、この時間帯、この日なら道場は空いているから、そこで少しトレーニングをしようか、と思ったが、茹だるような暑さに、その気力が少し削がれた。それから、自分はどうして五島の非番を把握しているのだろうとも、思った。それはきっと、特務隊のスケジュールを把握しておかないと、非常時に困るからだと、適当な理由をつけた。弁財が水出しコーヒーを作って、頭の中にある歯車を調整しようとしている時に、コンコンとノックの音がした。

「入っていいぞ」

弁財がそう返すと、入ってきたのはコンビニの袋を持った五島だった。五島は「今日は暑いので、アイスの差し入れです」と、何を考えているのかわからない顔で、そう言った。もしかしたらそのアイスに、何か変なものが入っているんじゃないかと思うほど、五島は物事を隠すのが、うまい。けれど差し出されたアイスは、きちんとパッキングされたミルク色をした棒状のアイスで、一瞬でも薬物混入を疑った自分の歯車が、またかみ合わなくなるのが、なんとなくわかった。

「今、アイスコーヒーをいれたところだったから、飲んでいけ」
「あれ、今日秋山さん出勤ですよね。弁財さんだけ非番なのに、どうして二人分、あるんですか」
「……癖で。秋山の分を、作ってしまった」
「弁財さん、そういえば昨日残業でしたっけ」
「そうだったかもしれない……なあ、五島、お前、なんで今日俺が非番だってこと、知ってるんだ」
「特務隊の出勤日と非番の日なんて、全部把握しておかないと。今日の非番は、僕と、弁財さんと、榎本ですよ」
「……それもそうだ。当たり前のことを聞いてすまない。榎本にはもうアイスを差し入れしてきたのか」
「炎天下の下、コンビニまで歩いて、帰ってきて、弁財さんより……親しい榎本のところに行っていたとして、棒状のアイスが溶けていないってところで、なんにもわからないほど、あなたって、馬鹿でしたっけ」
「……つまらないことを聞いた」

弁財はグラスに氷を入れてから、そこにコーヒーを流し込んだ。真黒になりきれない液体が、からんからんと氷を弄ぶ。ローテーブルに敷かれたクッションに腰を下ろした五島にそれを差し出すと、五島はなんのてらいもなく「ありがとうございます」と言って、それに口をつけた。そうしてから、「苦いなあ」と言った。弁財が「砂糖とミルクもあるが」と言うと、五島は「え、僕、ブラック派ですよ」と笑った。弁財の眉間に皺が寄る。

「ほら、それよりアイス、溶けちゃいますよ。ここ、クーラーのきき、悪いんですから」
「棒のアイスは苦手なんだが」
「そうなんですか?珍しいですね。どうしてですか」
「……知覚過敏で」
「じゃあ、舐めればいいじゃないですか。溶けてきたら、下からすうって、舌で舐めとればいいんだから。知覚過敏なら、カップアイスより、棒のアイスの方が優しいと思いますけど」

五島はアイスのパッケージをパリっと破って、それを弁財に渡してきた。弁財はそれを受け取って、上の方をチロチロと舐めた。五島も自分のぶんを開けて、しゃくしゃくと健康そうな歯で噛んでいる。

「弁財さんって、俺と色々してるのに、どうして、そういうとこ、認めないんでしょうねえ」

棒状のアイスのてっぺんから、溶けたのが、つうっと、下の方へ落ちる。弁財はそれを舌で舐めとろうとしたけれど、うまく舌を扱えずに、口の端から、白いのが滴った。五島はしゃくしゃくとアイスをすぐに食べてしまってから、「知覚過敏の人が、コーヒーに氷なんて入れますかねえ」と言って、弁財が口の端をぬぐおうとティッシュを探している隙に、べろりと、薄くて、軽薄で、よく回る、長い、冷たい舌でそれをぬぐい取った。

「弁財さん、舌、短いから」
「……わかってて、これを選ぶお前は悪趣味なんだ」
「『お前』って言葉の語源は、『御前』で、実は敬称なんですよ。少なくとも、その人を認めてるってことです。本当に見下していても、無意識に出てくるのって、日本人はちょっとおかしいとこ、ありますよね。室長はいつも『君』とかですよ。赤の王と私事で話す時は『あなた』。これも敬称です。もしくは『お前』。やっぱり、敬称です。ああ、弁財さん、僕の長話に付き合ってると、アイス、落ちちゃいますよ」
「……」

弁財は遠回しに追い詰められているような気がして、焦って、またアイスに舌を這わせた。五島の言う通り、口の外になかなか出てくれない舌だ。口のまわりがべたべたになって、気持ち悪い。五島は見かねたのか、早く何事かしたいのか、「僕にください」と言って、弁財からアイスを奪って、それを長い舌で綺麗に舐めとって、最後にはしゃくしゃくと噛み砕いて、「弁財さんも、こうすればよかったのに」と、言った。

それから、弁財のべたべたになった口元を、舌で丁寧に綺麗にして、それから、唇にキスをした。こういうことを、五島と弁財は、いつもしている。セックスはしたことがない。フェラもしたことがない。ただ、キスだけ、する。五島の舌ばっかりがはいってきて、弁財の口の中で遊びまわるのに、弁財の舌は、五島の口の中の味を知らない。舌が短いから、そこまで伸びないのだ。

五島が舌を抜き取り、口を離した。弁財が少し頬を蒸気させているところで、五島が弁財の口に指を捻じ込んだ。中指と人差し指で、ぬるついているだろう舌を器用に捕まえて、ひっぱり出す。それは弁財の唇から、本当に少ししか出てこなかった。

「これじゃあ、地獄に堕ちた時、閻魔様も舌を抜くのにてこずりそうですね」
「ははひてふれ(はなしてくれ)」
「いやですよ。弁財さんもおんなじこと、仕返してくださいよ」

弁財は言われるがままに、五島の口の中に人差し指と親指を入れようとしたけれど、その前に五島がべっと舌を出した。長い舌だ。弁財はそれを捕まえようとしたが、その舌はすぐに五島の口の中に納まってしまって、うまくいかなかった。五島は満足したように、弁財の短すぎる舌を解放して、「ね、僕の舌は抜き取りやすそうでしょう」と言った。

「嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれるって、ほんとなのか、どうなのか、僕には興味ないんですけど、でも、今日の僕は舌を抜かれずに済むのに、今日の弁財さんは舌を抜かれちゃいますね。そしたら、もっと長い舌に付け替えてもらってください」

そこで五島は少し間を置いて、弁財の耳に唇を近づけて、長い舌でもって、「そうしたら、僕の口の中の味、教えてあげますよ」と言った。ただ、それだけを、言った。


END

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -