疵の貌





※おてたぬ主従パロ

御手杵はむかしから、数を数えるのがことのほか好きな子供だった。ひふみよを覚えた頃から、なにかに取り憑かれているかのように、ものの数を数えたがった。ひとつふたつみっつと数を数えては、それが減っていたり、増えていたりすることに、たいへんな関心も寄せて、御手杵はいろんなものの数を数えた。それは使用人の数であったり、皿の数であったり、庭にうわさっている花の数であったり、そこらを飛んでいる鳥の数であったりした。

「鳥が一羽、すくない」

御手杵の年が十を数えた頃、ぽつり、同田貫の前で御手杵がそんなことを言った。そうして続けて、「そうか、しんだのか」と、さもあらんというように、言った。同田貫はその頃からこの屋敷につとめはじめたのだったけれど、御手杵のそんなくらい声音ははじめて聞いた。かなしいとも、ざんねんとも、なんとも言えない、ぽっかりとそこだけ穴が空いたような声だった。同田貫がなんとはなしに、「はぐれただけかもしれません」と言うと、御手杵は「いやしんだんだ」と言って、譲らなかった。けれど、鳥の一羽や二羽、しんだところで、いったいなんになるのだろう。問答はそれぎりだった。

御手杵の年が二十を数える頃になっても、同田貫はその日のことを忘れられない。今や同田貫は御手杵のもっとも近いところの警備を任され、それを日々全うしていた。御手杵の家はたいへん恨みを買うようなことをしていたので、同田貫は気の休まるところがなかった。御手杵の私室の壁際で、ひっそりと影のように佇むのが、同田貫の日常だった。そんな同田貫に、御手杵はたまにいたずらをしかける。御手杵が「おいで」と言ったら、そのはじまりなのだ。

「おいで、正国」

御手杵は同田貫をひっそりと濡れたような手でまねいた。すると同田貫の身体はがんじがらめになって、まるで御手杵に操られているかのように、そろそろと動く。御手杵の手の届くところまで寄って、次の命令を待つ。

「服を脱いで」

同田貫のざらついた指が、服の上をさらさらとうごいて、ひとつひとつ、それを落としていった。なんのひっかかりもないように、それは落ちてゆく。同田貫の手が、いってきて、いってきて、ばさりと音がする。御手杵はそれをじっと見ている。同田貫は静かに息をしながら、着ているものを脱いだ。一切を、落とした。

「ひとつ」

御手杵が、同田貫の眉間のあたりから、顎にまでのびる大きな傷をなぞって、ひくい声で、呟いた。その指先は軟膏もなにも塗っていないのに、しっとりとそのへこみを埋めるようになぞり、同田貫に浸透をした。御手杵はまた、同田貫の傷を数えては、ふたつ、と呟き、それをなぞった。このときの時間は、おそくもあり、はやくもあり、ゆるやかであり、急かすようであった。同田貫は御手杵が身体を動かすまま、静かに、御手杵に手をいれられる。御手杵の身体はそのとき、同田貫の身体を絡めて、まるで、指先から溶け込んでくるようであった。御手杵が身体の中に割り入ってくる。知らないものが、知っているものの貌をして、同田貫に混ざってくるのだ。同田貫は知られぬように、息の塊を吐き出さねばいけなかった。みっつ、と、御手杵は、同田貫も知らぬ傷を数える。ひたりひたりと掌がそこを撫でて、どぷりと、同田貫のなかに入り込んで、混ざり合い、ひとつになって、同田貫のからだをうねる。視界がゆるんで、頬が蒸気し、腕を伸ばすことも、曲げることも、すべて、御手杵に任せてしまう。立っていたはずの身体がいつの間にかへたり込み、這い蹲り、御手杵に覆い被さられて、その吐息のすべてに、ひどい薬が仕込まれているかのように、脳が痺れた。よっつ、と御手杵が数えるころに、同田貫は「あっ」とひどく切ない声をあげた。それは生傷であった。肩のあたりに、さっくりとした切れ目がある。こないだ、御手杵を護衛したときについた傷だった。御手杵はそれを指でなぞったあとに、「これはきっと、痛いんだろうね」と言って、舌をのばした。

「だめです、だめです」
「どうして」
「それは、悪戯の範疇を超えるからです」
「不思議なことを言うな。その範疇も、きまりも、全部は俺が決めるんだ。これが戯れかどうかなんてことは、あんたには関係がないんだから。ああ、いつつ」

そこから御手杵は、同田貫の傷を、舌でなぞった。数を数えては、同田貫のからだを好きにした。御手杵にはそれが許されている。同田貫は「う、う、」とくるしく泣いた。みっともない格好をして、みにくく引き攣れたからだの欠陥を、ひとつひとつ、御手杵によって数えられる。数を与えられるごとにそれは同田貫のからだを離れ、知らぬものになるようだった。御手杵の息がかかる。それにはひどい薬が混ざっている。同田貫を酔わせる薬だ。

御手杵は、同田貫の頭のてっぺんから、爪先にいたる隅々まで、同田貫の傷を数えた。同田貫の知らぬところにまで手を指を舌を差し入れて、そのすべてを数えた。そうして御手杵が満足したあたりにはもう同田貫はぐったりと正体を失くして、御手杵にもたれていた。御手杵はそれを面白そうに抱いて、「にじゅういち」と囁いた。どうやらそれが、同田貫の身体にある傷のすべてらしかった。

「こないだより、ひとつ少ない」

それはきっと、しんだのだ。いつかの鳥のように。


END

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