水彩度、青に滲む




ざあざあと大雨が降るような音がしている。じっさいは雨なんぞ降っていない。この本丸は刀を扱っているくせに海が見えるところにあるものだから、その波の音がここまではいあがってくるのだ。長曽祢は薄暗い部屋の中で、その波の音を聞いた。今日は波がおそろしく高いらしい。潮のかおりが部屋いっぱいになるまで充満して、この部屋ごと呑み込んでしまうようだった。

「海じゃ」

そうつぶやいたのは、長曽祢の腕の中にいた陸奥守だった。陸奥守はみじろぎをして、長曽祢の腕を持ち上げる。ぼんやりとした目をしていた。先ほどまで疲れて眠ってしまっていたのだ。陸奥守は寝言のように「しずむようじゃなあ」と呟いた。長曽祢は持ち上げられた腕をずらして、陸奥守をまた抱き寄せながら、「沈みはしない」と言った。それでも陸奥守は長曽祢の聞き取れない方言で二三言つぶやいたあとに、「しっちゅうか」と長曽祢に声をかけた。胸のうちで話されるものだから、その響きはそこに響いて、くぐもった。

「ひとは死ねば海に還る。あすこはひとの眠る場所なんじゃ」
「ほう、俺はまた、天に昇るもんだと思ってたんだがな」
「天に昇れば星になる。星はいづれ海に落ちる。そうして人どもは最後、海に落とされるぜよ」
「面白い話もあるもんだ」
「靄のたちよるんは、海に還った人どもが現世の人ばひこうとしちゅう。そういう日は海にちかよっちゃいかん。今日は靄がここまではいりこんじゅう。だれかひかれるやもしれん」
「ここには主以外刀しかいないが」
「刀は錆びよる」
「この身体でも?」
「ほら、もうこじゃんと力が抜けよるき」

陸奥守はそう言うと、長曽祢の腕を、手で握ってみせた。その手は小さく震えていて、赤子ほどの力もなかった。長曽祢は寝起きだからだろうと思ったが、陸奥守はいたって真面目だった。その気配にぐっと押されて、長曽祢もなんだか身体がだるいような気になってくる。瞼が重たくなってきて、うつらうつらとしてくるのだ。このまま眠ったら「ひかれる」のだろうか、と思った。そうしたら刀はどこへゆくのだろう。人は空に昇って、海に落ちて、そこで眠るのだったら、刀はどこで眠ればいいのだろう。そもそも刀は天に昇ることができるのか。ただそこで錆びるばかりなのか。よくわからなくなってきた。潮が隙間という隙間から入り込んできて、むせかえるような海の匂いがする。どこか生臭いのは、やはり人のせいなのだろうか。長曽祢は手遊びに、陸奥守の癖の強い髪に指を通した。それは波のようにうねって、長曽祢の指に絡みつく。陸奥守はすこし身をよじった。

「もう少し寝たらいい」
「目が覚めん気がしゆう」
「気のせいだ」
「ほうか…そうじゃなあ、しかし、すこしひやいのう」
「上着でもかけるか」

長曽祢がそこらに捨ててあった自分の上着をかけると、陸奥守はやっと静かになった。長曽祢はそれを見てから、すこし「ひやい」心地がした。自分が錆びついて、動けなくなるような、そんな心地だ。腕の中に、海がある。そこから潮がのぼって、いつか長曽祢を窒息させるのだと思った。長曽根は重くなってきた瞼をじりじりと下げながら、青い溜息をついた。


END

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