ミサイルが落ちる窓辺で
御手杵ワンライお題「ひまわり」
「ああ、綺麗に咲きましたね」
本丸の縁側から見える風景に、前田が感嘆の声をあげた。それは他の刀剣も同じで、一面が黄色と茶色に染まった、果てのないような庭を観ては、「ああ」だとか「おお」という感嘆の声を出す。高さが約3メートルにもなるひまわりの軍勢は、この本丸で1番背の高い岩融をも覆い隠す。それを見た今剣が、「ねえ、みーんなで、かくれんぼしましょう!」と言った。その指は、広大なひまわり畑を指していて、最近出陣も少なく、暇をしていた刀剣どもが、誰かの呼びに応じて誰かを誘い、またその刀が誰かを誘って、本丸がもぬけの殻になるほど、集まった。そういえば、こんなに刀剣がいたんだなあと、日々寝食を共にしているはずなのに、誰しもがそう思った。
「たしかに、これなら公平なかくれんぼができますね。大典太さん、身体が大きいから、いつもすぐ見つかっちゃうんですもん」
「……前田……いや……まぁ、いいんだが……」
「兄弟はさー鬼が前田だと、1人じゃ寂しいだろうって見つかりやすいとこに隠れるんだよなー」
ソハヤはひそひそと、大典太にだけ聞こえるようにそんなことを言った。大典太は、はあ、とため息をついて、前田に「これだけ広いと、探す方も大変そうだな」とぼそぼそ、言った。そうしたらそれを聞きつけた博多が、「じゃあ鬼を増やせばよか!」と声をあげた。
「この人数、時間がかかるよねえ……じゃんけんをしたらの話だよ」
「うーん、それに兄弟とかで別れると、なんでか気配わかっちまうから公平じゃないよなあ。俺、国行がどこでさぼっててもすぐわかるし」
「じゃあ、刀派で同じのがいない奴らだけでじゃんけんさせれば?」
「えーと、それだとどれくらいになるんだろう」
「あー……21……かな。でも膝丸と髭切は兄弟だから抜いて、俺と大和守も持ち主が完全一致だから抜いて、太郎太刀と次郎太刀も兄弟でしょー?で、そうなると残りは15、か。それでもじゃんけんじゃ時間かかるから、くじ引きかなー」
「ていうか、鬼、何人にするの?」
「3人寄れば文殊の知恵、といいます……あまりはやく終わってもつまらないでしょう……知恵が出せない程度……2人くらいが適切かと」
「げ、2人でこの人数全員見つけるとか地獄だろ……」
「じゃあ、みつかったひともおにになればいいんですよー」
「ああ、それなら日暮れまでには終わりそうだな!」
あれよあれよという間にくじが作成されて、ルールが決まって、こんなに暑いというのに、みんなして楽しそうにしている。こうしているとなんだか人間の子供みたいだなあと御手杵はそれをぼんやり眺めていた。隣にいる日本号に引っ張られてきたのだけれど、その日本号は博多に引っ張られてきていて、その博多も誰かに。こんな風につながりを持って生きていることは、なんだか人間くさい。そうしてぼんやりしていたところ、「次、お前の番だぞ」と、ハズレのくじを手に持った日本号が、紐が残りわずかになった竹の筒を寄越してきた。御手杵は「はー……。こういうのって、当たりっていうのかねぇー」なんて言いながらするりと1本引き抜くと、その尻は赤く塗られていた。
結局、鬼になったのは御手杵と大倶利伽羅で、それ以外は「じゃー3分経ってからなー!」なんて言いながら、ひまわりの群衆の中へと消えていった。はじめはざわざわと波打っていたひまわり畑も、それぞれが散り散りになっていくにつれて波のように静かになり、ただうっそうと、ここにはなにもありませんよ、という顔をして、立つようになった。その面は全て、こちらを向いている。ひまわりって花は、実は成長しきってしまうと、太陽の方を見なくなる。それは今まであてにしていたものを、もういらない、と、もう面倒だから、と、捨ててしまうようで、なんだか寂しい。
「……」
「……なあ、数えてる?」
「……お前が数えているだろう」
「いや、数えてない。ぼんやりしてた」
「……そうか」
大倶利伽羅は誰に引っ張られてきたのだろうなあと、御手杵は思った。長谷部か、いや、多分伊達の誰かだろうなあと思った。織田も前田もそうだが、その武将の家にあったという繋がりが、なんとなくこの姿になっても柔らかい繋がりのようにして、横たわっている。けれど御手杵はそういう繋がりと、どこか遠いところにあった。ソハヤノツルキや明石、亀甲あたりは結城家に縁があるが、同じ主に振るわれたことはないし、御手杵自体、主が振るえるような槍ではなかったのだから、なんだかなあと思うのだ。同じ匂いがしないのだ。泰平の世にあった関係と、戦国、乱世の世にあった関係でもまた、違うのかもしれない。
「泰平……かあ……なあ、大倶利伽羅って、えーと……南北朝時代の刀だったよなあ」
「……まあ、そうだな。大磨上される前の記憶はあやふやだが、記録上そうなっている」
「ふーん……なあ、戦国時代って、楽しかった?」
「……さあ、覚えていないな」
「伊達政宗公の佩刀っていや、大倶利伽羅だろ」
「……知らん」
この会話が終わったら探しに行こうか、と考えていた御手杵だったのだけれど、「この会話が終わったら」で、何か、心の底にこごったものがあるのに気が付いた。なんだろうなあとひまわり畑を見つめながらそれをひもといてみると、「じゃあ、もう1度」というフレーズが、ピンと頭にひらめいた。
戦国時代や維新時代の話じゃなくって、もっともっと、本当は争わなくったっていいはずの、平和だった時代の、かなしい戦争の話だ。日本国内の戦争が終わって、御手杵は、もうこの国に、参勤交代もないし、人々の腕は細くなっていって、変わりに背が伸びて、ああ、もう自分は振るわれることがないのだと、悟った時代だ。たしか、元号は昭和のはじめだ。御手杵はそろそろ眠ろうと思っていたのだった。蔵の中はなんにもない。なんだか知らないものがひそひそしていた気がするけれど、暇しかなくって、じゃあ眠ってしまって、もしも鉄砲や大砲が無くなって、自分が持ち出される時がくるまで、眠ってしまおうと、思っていた。けれど、蔵の狭い格子窓から、夏にはひまわり畑が見えていた。それがなんだか綺麗で、ああ、じゃあ、もう1度、このひまわりを見たら、眠ろうって、そう思っていた。そのうち、じゃあ、もう1度、じゃあ、もう1度が重なって、御手杵は終ぞ、眠ることをしなかった。
「……ああ、最後のもう1度、は、かなわなかったなあ」
「……その話、長いか」
「いや?そんな長くないと思う」
「……じゃあ、その話が終わったら、探しにいくぞ」
「あーそうだな。……俺さあ、戦争とかそういうの、なくなってさあ、まあ、平和でいいんだけど、暇してたんだよなあ。で、江戸時代が終わって、参勤交代もなくなって、あー世の中平和すぎるなー戦争やっててもとつ国とじゃあ、鉄砲と大砲の時代だなー、そろそろ寝ようかなーって、思ってたわけ」
「……」
「でもさあ、しまわれてた蔵から、ひまわり畑が見えたんだ。毎年、夏になったら見れるんだ。なんでか、それ、俺、好きでさあ。あともう1度見たら、あともう1度見たら寝ようって、思ってた。そしたらさあ、最後に『あともう1度』って唱えた次の年の……春かなー……うーん、まぁ、ひまわりが咲く前にさ、空からなんか色々落ちてきてさー」
「……」
「結局……まぁ、『あと、もう1度』は、叶わなかった。それで、俺は眠れずじまいで、今もこうしてるんだよなあ……」
「……じゃあ、これで、いいだろ」
大倶利伽羅はすうっと、たくさんの仲間が隠れているひまわり畑を指さした。御手杵の眼には、うつくしい黄色と、生き生きとした茶色が飛び込んできて、そして、その中にさざめく、仲間の声が、聞こえた。だから「ああ、」と、眼を細めた。そういえば、これが見たかったんだ、と、今更にして、思い出した。
「……これで、お前は眠れるのか」
大倶利伽羅はなんでもない顔をして、御手杵にそう尋ねた。御手杵は、なんでだろうなあと思いながら、ぐっと背伸びをして、まぶしい太陽を見上げる。ひまわりは、成長を終えると、必ず、東を向くのだ。朝日が昇ってくるのを、枯れるまで、昇らないなんて許さないぞ、と、見張っているのだ。見守って、いるのだ。だからずっと、それが続いてゆく。
「……もう1度、かな。来年、もう1度見たら、寝るよ」
「……それがいい。……随分、長話だったな。さっさと探しに行くぞ」
「……うん」
鬼となって仲間を探しにゆく2人の影も、ひまわりたちが呑み込んで、まるで、なんにもなかったように、ただ風が吹けばそれにそよいで、太陽の落とす光を、なんとはなしに、陰に変えて、しんと、そこにあった。来年もきっと、「もう1度」のために、そこにあってくれる。御手杵の鼻をすする音も、この中でなら、なんにも聞こえない。
END