最初から最後まで




告白された男が、「あんたとはずっと友達でいたいんだ」って言葉を選ぶこと、ままあると思う。俺は告白されるなんてそんな経験、ないけど、でも絶対に、そんな優しくて、残酷で、ひどい言葉はつかわないって、思ってる。だって、「好きな人」は、ずっと前から「友達」なんてもんじゃ、なくなってんだ。もどることもきっと、できやしない。そのあと友達らしく振舞われたって、違和感が胸に刺さるばっかりで辛いに決まってんだ。そんなこと、ほんとうは誰だって知ってる。

卒業式を明日に控えた二月の最終日、まだ終わらない大学受験の二次試験対策の講座が終わると、教室はきゅうにしんとした。ほとんどの生徒がそそくさと帰るか図書室にこもってしまって、教室には俺と御手杵と、あとは仲のいい数人が残るばかりになった。担任の歌仙が「明日は卒業式なんだからはやく帰るんだよ」と言い残して教室の暖房を切ってしまったので、俺たちはそれぞれのカーディガンの袖を伸ばさないといけなくなった。御手杵は薄い茶色のカーディガンの袖をひっぱりながら、「まだ寒いなぁ」なんて言った。東京ではどうだか知らないが、田舎のここらはまだ春のはの字も見えてこない。雪はあんまり降らないので積もっていないが、身体の芯が凍えるくらい、外はまだ冬だった。卒業式というと、なんだか桜のイメージが少しあるが、このあたりで桜が咲くのは入学式のそのずっとあとだ。小学校なんかは卒業式に向けて六年生以外が室内でチューリップを育てる文化があるけれど、高校にもなるとなんにも花がない。俺は窓の外を見ながら、小学校の卒業式、暖かすぎる体育館で、チューリップの花が開ききって、花弁がぼろぼろ落ちていたのを、思い出した。なんだか苦しんでいるようでこわかったのを、覚えている。

「なあ、写真撮ろうぜ」

御手杵がそんなことを言い出したので、俺は窓から目を離した。すると寂しいのか楽しいのかわからないような顔をした御手杵が、自分のケータイをいじっていた。歌仙に見つかりでもしたら没収されてしまう。見つからなければいいだけの話だったが。そうして御手杵はカメラを起動して、一緒にいた獅子王に「俺と正国、撮って」と言う。俺はどきりとしたけれど、写真なんて何枚も撮ってきただろうと、どうにか平静を保った。獅子王は「明日じゃなくって、今日?」と首を傾げた。

「明日は卒業式だろ。卒業式なんていっぱい写真撮るんだからいいんだよ。俺は日常の一ページが欲しいんだよなぁ、俺と、親友の、最後の日常」

俺はその言葉に胸がぎゅっと縮むようだった。ケータイを受け取った獅子王がそれを「まあわかんねーけど、撮ればいいんだろ?」と構えると、御手杵は俺の肩に腕をするりと回した。その腕が触れているぶぶんだけ、びりびりとしびれるようで、喉が震えた。卒業式でもないのに、鼻の奥がつんとして、息がくるしかった。

獅子王が「撮るぞーはい、チーズ」と、時代遅れの掛け声を口にしたとき、俺はカメラからそっと視線を外すことくらいしか、抵抗ができなかった。幸いだったのは、写真を撮った獅子王がそんな細かいことを気にする方でなかったということだ。とり直そうなんて言わないで、「ほら、日常の一枚」と言って、御手杵にケータイを返す。御手杵はするりと俺から腕を離し、それを受け取った。俺はほっと胸を撫で下ろす。御手杵はそうして撮れた写真をみて、「あ、なんか、普段の正国ってかんじ」と言った。デジタルデータの中の俺は、なんだか、ひどい顔をしていた。写真写りが悪いだとかそういうわけではなくって、なんだか、ずっと息ができていないような顔だった。俺はついに本当に窒息してしまって、「トイレ」なんて嘘をついて、教室を出た。

俺はすぐにトイレに入って、大きく、息をした。胸が痛くて、苦しくて、いますぐ死んでしまいたいと思った。そうしたら涙みたいなものがはらはらと落ちて、俺はそれを乱暴に拭わなきゃいけなくなる。こんなの流してるうちは友達でもなんでもないのだと思った。それなのに俺は知らん顔をして、「友達」の顔で、御手杵の隣にいる。こんなに苦しい思いをして、そうすることを選んだ。けれどそれも、明日まで。明日まで、俺は御手杵の、「友達」をする。卒業したらもう進路はバラバラになると決まっていた。そうしたらあとはゆっくり、忘れていけばいいんだと思った。あんなこともあったって、いつか思い出して、ちょっとは笑えるようになるかもしれない。けど、ちょっと笑ったあとに、やっぱり、泣くんだろう。きっと、ずっと、そうなんだろう。本当は俺だって、ずっと、友達だって、思っていたかった。


END


元ネタはなおとさんのイラストです

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