あなたと関係したい





夏にひどい台風が重なって、それから少し冷え込み、秋になってから少し暖かくなった小春日和の朝に、太郎太刀は少し早起きをした。普段は朝食が七時なので六時頃に起きるのだけれど、夢見が悪く、五時に目が覚めたのだった。その日の朝も秋にしては少し気温が高く、上着の必要がない程度だった。そうして自室から出て、朝日を浴びようと縁側へ脚を運ぶと、そこには先客がいた。江雪左文字だった。

江雪は太郎太刀に気が付くと軽く会釈をして礼儀正しく「おはようございます」とゆったり言った。太郎太刀も「おはようございます」と言ったあとに「早いのですね」と縁側に腰を下ろした。少しだけ二人の間には距離がある。それくらいの関係ではあった。

江雪は何かをじっと見つめているようで、太郎太刀はその視線の先を追うことにした。そこには桜の木があった。そうしてそれをじっと見つめてみると、桜の花が何輪か花開いていることに気が付いた。

「おや、めずらしいですね。狂い咲きですか」
「……その言葉はどうにも、よろしくない響きですね。正しくは先祖返りと言うらしいですよ」
「それは失礼しました。……ふむ、この庭の桜はソメイヨシノだったと記憶していますが、そういえばソメイヨシノは品種改良が進んだ結果の桜でしたか。その中に秋に咲く桜が混ざっていたのでしょうか」
「……さぁ、そこまでは詳しくありません。けれど色々なものの中から、この桜が秋に咲くことを選んでくださったことを、今朝は少しうれしくおもいます」
「……理由をお聞きしても?」
「いえ、これは言葉にするにはあまりに陳腐です」
「そうですか」

ふたりはそれぎり黙って、静かに数輪の桜を眺めていた。朝の光も和らいできて、ゆったりとした時間が流れる。黙っているのに同じものを見て、違うことを考えているのが、太郎太刀にはなんだか不思議なことのように思えた。それから、こうして黙っていても隣に座ることを江雪が許していることをすこしばかり嬉しくも思った。少し不純かもしれない。そうしてしばらくが経ったあたりに、江雪がぼそりと「ひどく猥雑なことを考えてしまいました」と、後悔をするようにそう言った。猥雑という単語が江雪の口から出てきたことに、太郎太刀は少なからず驚いた。

「それはお聞きしても?」
「ええ、まぁ、貴方が気分を害さないのであれば」
「それは聞いてみなくばわかりませんが……」
「そうですね。では少し濁しましょう」
「左様で」

太郎太刀が少し促すと、江雪はぽつりぽつりと口を開いた。

「桜は春に咲くべきなのです。秋に咲くには負担が大きい。この桜は、果たして来年の春にも咲いてくださるでしょうか」
「……どうでしょう。それはわかりかねます」
「私もそう詳しくないので、わかりかねるのです。しかし、やはり桜は春にこそ咲くものです。季節を間違えては、きっとどこかで不具合が起こるのでしょう。その不具合が起こってしまうのが恐ろしいのです。私は先ほどから、その不具合を起こそうと躍起になってしまっているのです。精進が足りません」
「……私は察しがいい方でなく……」
「踏み入るとするならば、そうですね。桜も恋も、春にこそ咲き乱れるものでしょう、と、それだけにとどめ置きます」

太郎太刀は少し考えてから、はたと気が付き、口元に手をやった。誤解でなくばいいと願いながら、やっとのことで口を開く。

「私は秋に咲く桜も好きですよ。そう、それから、これから到来する冬にこそ、恋というものは必要ではないでしょうか。身体が冷えるからこそ、心を温めることは大切かと」
「……そうでしょうか」
「……そうです。少なくとも、私はそう思います」

江雪は少し悩んだのち、桜にとどめてあった視線を、太郎太刀の方へと向けた。そうして、不安げな顔立ちで、「不具合は起きませんか」と尋ねた。太郎太刀は「詳しくないので、わかりません。そうなってみないと、わかりません」と答えてやった。体勢を変えたので、江雪の手が太郎太刀の方へとついて寄越される。太郎太刀はままよとその手に自分の手を重ねてやった。

「ああ、もう、不具合が起こってしまいそうです」
「……私もです」
「どうしたらよいと思いますか」
「そうですね。……詳しくありませんが、ふたりで調節してゆけばよいと思います。きっと桜も、周囲に導かれて、春にまた花をつけるでしょう」
「そうでしょうか」
「きっとそうです」

ふたりは笑うこともできずに見つめ合って、そうして、今度は手を重ね合ったまま、先祖返りをした桜を見やった。数輪の花が咲いている。ここだけ、まるで春が来たようだった。気温だとか天気だとかそういうことではなく、春が来たように、あたたかい。


END

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