あなたの知ることのない曲を聴く




この本丸では本丸に顕現した順に部屋が二人部屋が割り振られてゆく。刀派とか、前の持ち主がどうこうとか関係なく、来た順番通り、二人で一部屋を使った。だから初期刀の山姥切と今剣が同じ部屋で生活していたり、大倶利伽羅と愛染が同じ部屋で生活しているみたいな、この二人たぶん合わないのに、という案件がよく起こる。その点、加州はまだマシな方だった。同じ刀種であり、名前の売れた時期も同じくらいの陸奥守と一緒の部屋だったからだ。本丸に来たのは加州の方が二日早く、そのあとで陸奥守が顕現した。加州は前の主というものをちゃんと愛していたけれど、それをこの本丸での刀同士の関係に持ち込むほど熱いタイプではなかったし、陸奥守はなんでも物事をよしとしていた。はじめて顔を合わせた時も「おお、あの新撰組のか。主同士は色々あったけんども、わしらはなかよおしような」と手を差し出してきた。加州は握手という文化に疎かったけれど、それを求められているとわかったので、そっと手を差し出した。そうしたら陸奥守が思っていたよりぎゅっと握ってきたので、少し驚いた。

加州と陸奥守は練度も同じくらいだったのでよく一緒の部隊で出陣した。そうしてお互い斬ったり斬られたりを繰り返していくうち、自分たちはここが同じようになっていて、ここは決定的に違っているみたいなことが、わかるようになってきた。たとえばふたりとも、ひとりの前の主に存在が依存しているところは同じで、その主のことをちゃんと敬愛しているのも同じで、でもその気持ちのかたちは決定的に違っていた。陸奥守は主が最期を迎えるまでその傍らにあったのに対して、加州は主がその命を終える前に折れてしまっていた。だから、陸奥守はよく前の主とはあれがしてみたかった、これもしてみたかった、と言う。対照的に加州は前の主とは最期まで一緒にいられればそれでよかった、それ以上に望むことはない、と言う。

それから、趣味嗜好は同じところより、違うところの方がずっと多かった。かわいいとかかわいくないとか、そういうのもあったけれど、加州が頭を悩ませたのは陸奥守の多趣味さだった。この本丸ではきちんとお小遣いが決められていて、その範囲内であれば個々人で好きなものを買っていいことになっているのだけれど、大半の刀剣はそれをほとんど貯金に回している。特に欲しいものが思いつかないという理由が大半なのだ。それに対して陸奥守は、小遣いは貰った日にすべて欲しいものに変えてしまっていた。曰く「欲しいもんが多うてしかたがない。足りないくらいじゃ。それが次から次へと湧いて出てくるからしかたがない」らしい。だから加州と陸奥守の部屋は広かったはずなのにいつの間にか狭くなっていた。陸奥守の読んだ本、雑誌、遊んだゲーム、使ったカメラ、ビデオ、そして、最近ハマったらしい、音楽プレイヤー。

「ねぇ、音楽聞く時ってイヤホンとかつけらんないの?ていうか、CDじゃだめなの?そのおっきい円盤、なんなのさ」
「これか?こりゃあーレコードってゆうてな、CDよりがけに流行った媒体ちや。イヤホンは挿すとこがないき」
「それでしか聞けない曲なの?」
「いんや、別にCDでもでちゅうよ。でもレコードで聞きたいちや」

加州はあんまり物事を直接は言わない。今言いたかったのは、わからない音楽を聞きたくないんだけど、ということだったのだけれど、陸奥守には一ミリも伝わっていないようだった。

陸奥守はジャケットから大切そうにLPレコードを取り出すと、オールインワン・レコーダーにセットして、針を落とした。陸奥守は「ほんとはオールインワンタイプじゃあなく、アンプらぁスピーカーらぁ別に欲しかったがやけど、高いからなあ」なんて言っている。そうして、少しチリチリとノイズが走った後に、音楽が流れ始めた。陸奥守がハマっているのはジャズで、加州はこのところそれをずっと聞かされているのだった。今日もまたドラムの音から曲がはじまり、多分トランペットとピアノが合流する。なんの曲なのかせめて把握だけでもしておこうとジャケットを見たら、「Miles Davis」、「Blue Haz」と書いてあった。英語はわからない。そして歌詞のない曲がいったい何を伝えようとしているのかも、加州にはわからない。

「歌詞はないの?」
「この曲の歌詞は後付けやきなぁ。ジャズは大抵歌詞は後付けちや。そういうのはなんかな」
「ふうん……」

ジャズって名前のつく音楽は、加州が聞いたかぎりだと変なところで音が止まったり、跳ねたり、テンポがおかしくなる。加州はそういうのに違和感を覚えてしまっていけなかった。もっとちゃんと、アドリブとかがない曲の方が好きだ。それからたまに歌詞がついてるのも流れるけれど、結局英語で、意味が分からない。加州は日本語の曲の方が好きだ。つまるところ、加州は邦楽のCDが好きだった。ロックとかいうジャンルのを、一度獅子王の部屋で聞いたことがあるけれど、ああいうのがいい。プレイヤーも、CDから音源を取り出してしまえば陸奥守が使っているのよりずっと小さくって、掌の中に納まるもので済んでしまう。加州は好きなものは一人で楽しみたいタイプだったので、買うとしたらそういったタイプのもので、イヤホンもセットで買うんだろうと思った。

その日も陸奥守が部屋でジャズをかけていた。加州はその曲だけは耳に残っていて、ジャケットを見なくっても「John Coltrane」の「My Favorite Things」とわかった。少し英語も読めるようになった。マイ・フェイバリット・スィングスって、発音だけは陸奥守に教えてもらっていた。

「そういえば、この曲のタイトル、マイ・フェイバリット・スィングスってどういう意味なの?」
「んー?直訳で、『私のお気に入りのもの』ちや」
「ふうん……」
「加州はこの曲が気に入ったかえ?」
「……まあ、ジャズの中ではね」
「ほうかほうか!そりゃあええことじゃ!わしはな、そういうことがしたかったちや!」
「そういうこと?」
「ん、わしの好きなもがを加州と共有したかったちや。音楽でも、本でも、なんでも。わしひとりでなくって、加州と楽しみたかったちや」
「え、あ、……そっか……そうだったんだ……」

そんな会話をしてから、加州は雑音としか思ってなかったジャズが、少しだけ好きになった。陸奥守が持っているジャケットは全部覚えた。英語もちょっと勉強して、それが曲名なのか、演奏者の名前なのかくらいの判別はつくようになった。ジャズについてもちょっと調べて、その分化とか、成り立ちとか、そういうのを少し齧った。そうしたらジャズが楽しめるようになった。自分の知らないものを知るのって、少しでもなく、楽しいし、うれしい。知らないからって拒絶するより、ずっと気分がよかった。そういうことを、はじめて知った。

それなのに、陸奥守はある日からぴたりと、ジャズをかけなくなった。飽きたのかと様子を見てみるも、どうにもそうではないらしい。不思議だった。あんなに熱心に、それこそ加州の都合なんて知らない風に、針を落としていたのに。そうしてかわりに、陸奥守は加州をものほしそうな目で見るようになった。加州が爪に色を落としている時や、髪を整えているとき、加州が「どうかした?」と言うまで、じっと見つめられているような気がする。陸奥守はそのたんびに「なんちゃーない」とそっぽを向くけれど、きっと、何かある。加州はそれほど鈍感じゃ、ない。

だから、それから数日かけて、加州は自分の心を整理していった。そうして、自分の中のお気に入りのものの中に、陸奥守吉行があることを、ちゃんと確認した。だから、夜、二人で別々の布団に入ったときに、ぽつりと、「俺、嫌じゃないよ」と呟いた。そうしたら陸奥守がすぐ近くの布団の中から、「手、握ってもええか」と尋ねてきたので、「うん」と、それを陸奥守の布団の方へ差し出した。探るような気配がして、ふと、あったかいものが、手に触れる。指先からたどって、その隙間に指を差し込んで、離れないように、手を繋いだ。加州はそれだけで幸福に思えたけれど、陸奥守はもっともっとと、何かをせがむようだった。加州はまだ、それには応えられそうに、ない。

その翌日に、加州はずっと貯金していたお金でCDプレイヤーと、獅子王と聞いて、いいと思ったCDを何枚か購入した。2000年代のほんとの初めの頃のロックバンドの曲だ。ストレートなのに遠回しなラブソングが多くて、自分でもどうかと思った。イヤホンは買わなかった。そうして一人で何回かその曲たちを聴いておいて、陸奥守にはじめて聞かせる曲はこれにしようってところまで、ちゃんと決めた。タイトルは、「最大公約数」だ。こういう風になっていきたいって、この曲のふたりみたいになりたいって、そう思いながら、ひとりで聞いた。陸奥守は午後から出陣していた。帰ってくるのは、明日になる。明日になったら、ふたりで聞こうと思った。

できるだけたくさんの共通をみつけて、それぞれの歩幅で歩いて、そうして辿り着く場所がおんなじであれば、それがいいんじゃないかって、思えた。加州は気のすむまでその音楽をかけて、そうして、夜になったら、陸奥守が握った左手をじっと見て、そのあたたかかった感触を思い出してから、少し笑って、眠りについた。明日、あの曲が陸奥守のお気に入りのひとつになればいいな、と思いながら。


すべてはこの本丸の陸奥守吉行が折れる、前日までの話だ。


END

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