真昼の夢とか夏の死体






※おてたぬ現パロ

御手杵が社会人になってもう三年目になるがしかし、仕事というものはひとつ覚えればまたひとつ覚えなければならないどころかみっつよっつは簡単に覚えなければならないものであるからしていけない。御手杵は日々の煩雑さに忙殺され、京浜東北線に揺られながら音楽を聞いていた。携帯にイヤホンを挿して、そこからであったが、そういえば曲数が少ない。昔に買ったウォークマンにはたしかもっと沢山の曲が入っていた。家に帰ったら少し、探してみようと思った。

家に着いたのは夜の九時で、最近残業ばかりだなあとカップ麺を啜った。啜りながら、面白くもないテレビをつける。昔のテレビ番組の方がずっと面白かった気がする。今はなんやかんや、クレームが、放送倫理がどうのと、セーフとより分けられたものしかバラエティでは取り上げない。終わってしまった、大学時代に好きだった深夜番組の数々を思い起こして、それから、ウォークマンのことも思い出した。

はじめて御手杵が自分でお金を稼いだのは、大学二年の夏だった。入っていた部活の部室に置いてあった、古いCDプレイヤーが、古いくせにウォークマンを接続してその音楽を流すことができた。先輩たちがこぞって自分のウォークマンから好きな曲を流しているのを見て、なんだか自分も、自分の中に流れる音楽を流してみたくなったのだ。部室は空き時間の溜まり場であったし、心地いいに越したことはない。同じ学年の同田貫に、自分の好きなものを聞いてみて欲しかったのも、ある。そのとき御手杵と同田貫は、同じアパートの隣同士の部屋を行ったり来たりするくらい、仲が良かった。二人で呑みに行くこともあった。地方都市だったので未成年の飲酒にうるさくなかったけれど、同田貫は二年の誕生日まで、酒は飲まなかった。はじめて酒を飲んだのが二十歳の誕生日だ。それから酒の味を覚えて、部活の飲み会以外でも、個人的に飲みに行くようになった。そんな同田貫と御手杵がどうにかなったのも酒の力で、大学生によくある、そして大人にもよくある、そんなだらだらとだらしない、けれど心地のよい関係だった。

とにかく、御手杵はウォークマンが欲しくなった。御手杵は欲しくなるとどうしてもすぐに買わなければいけない気持ちになる性質だった。時期はちょうど、夏休みで、同田貫は二週間ばかり実家に帰っていたが、御手杵はあれやこれやと理由をつけて帰らずにいた。その時期は短期バイトの募集も沢山あった。だから御手杵は三日ばかり簡単な肉体労働をした。イベントの設営だとか、入場管理だとか、そういう、下っ端の仕事。それで一日で一万円とちょっとだ。それを合わせて、新品の、けれど型の古いウォークマンを手に入れた。そこにレンタルしてきた、自分が中学生だとか高校生時代だとかに流行っていて、自分の中に今も流れている音楽どもをぎゅっと押し込んだ。それらの曲を聞いていると、なんだかとても、懐かしくなった。新しい曲も入れたけれど、たまに、どうしようもなく、もう解散したバンドの曲だとか、無期限休止を発表したバンドの曲が聞きたくなったのだ。

御手杵はそれを部室でも流したし、部屋でも流した。そうしたら、同田貫の好きな曲も知りたくなった。同田貫はいまだにCD派で、同田貫の部屋のラックには、大量のCDがジャケットを並べていた。CDプレイヤーも、もちろんある。ウォークマンを接続できるタイプのやつだ。御手杵は同田貫に頼んで、そのCDどもを同田貫のパソコンに取り込み、自分のウォークマンに取り込んだ。そうして、同田貫の中に流れる音楽を、静かに聞いた。同い年だけあって、バンドはそれなりにかぶっていたけれど、もちろんかぶっていない部分もあった。同田貫はマイナーなロックバンドの曲をそれなりに聞いていて、一発屋だったバンドのその後のアルバムを追いかけていたりもした。御手杵はその曲どもを、自分のウォークマンの中で自分の曲とシャッフルして、同田貫の部屋で流すのが好きだった。その中でセックスしたりもした。ひとつひとつはべつべつのものなのに、そのとき、そのあいだだけ、ひとつだった。セックスの最中に、「これ、なんて曲」だとか「アルバムのだから、覚えてない」だとか、「この曲いいな」だとか「これ中学の時のだ」とか、そういう話をした。馬鹿みたいだ。そうして、夏が過ぎていった。

そこから夏を二回通り越して、次いでに三回通り越した秋の夜に、御手杵はごそごそとクローゼットを漁っていた。地方都市から埼玉に引っ越してきたときの荷物だ。ウォークマンは役目を終えたようにして、そこで眠っているはずだった。けれど、どの段ボールを探しても、見つからないのだ。御手杵はその日は諦めて、次の休みにでもと思ったが、次の休みに部屋を掃除してみたところで、そのウォークマンは見つかりや、しなかった。そのあたりから、よく、大学時代の夢を見た。どうでもいい思い出や、大切な思い出のぎゅっと詰まった、夢を見た。

無いとわかると途端に欲しくなる。今買うならiPodなのだろう。Wi−Fiでつなげばネットもできるし、アプリも入れられる。御手杵の収入はそこそこだったので、学生時代のように短期のアルバイトなんかせずにすぐ、Amazonで新品のやつをクレジットカードで買った。そうしたら二日後には届いて、それに古いパソコンに残っていた音楽のデータをありったけ詰め込んだ。

そうして通勤電車の中や、休憩時間の喫煙所でそれを聞いていて、あれ、と思った。音楽が、足りない。曲名を思い出せないものがいくつか足りない。あの頃に聞いていた音楽が、いくつも欠けてしまっている。それはどうしてだろうと思った。パソコンの中にあるデータは全部入れたのに。そうして、会社の休憩時間、煙草のフィルターが焦げるあたりになってやっと、あ、同田貫のパソコンの中か、と、思い至った。

御手杵と同田貫は長いこと、連絡を取っていなかった。大学を卒業してからはそれなりに連絡を取っていたのだけれど、だんだんと頻度が減って、同田貫は群馬で、御手杵は東京に就職していたので距離の問題もあった。そういえば、はじめてのゴールデンウィークに一回会ったっきり、一度も会っていない。不思議だ。別れ話をした記憶もないのに、別れているようなきがする。もう一年は連絡を取っていない。けれどどうしようもなく、あの音楽が聴きたくなった。曲名も思い出せないのに、フレーズのきれっぱしが頭にこびりついて離れない、そんな曲ども。御手杵はその日の夜になって、同田貫にアプリで「今、電話いい?」と、突然連絡をした。三十分後くらいに、「今なら、いいけど」と、ぶっきらぼうなメッセージが届いたので、電話をした。自分がひどく緊張していることに、今更気が付いた。

同田貫はスリーコールで、電話に出た。御手杵は何から話そうと思って、とりあえず、「最近どう?」と、「久しぶり」の挨拶もすっとばして、そんなことを言った。

『どうってこと、ねーよ。ああ、そうだ、転勤で、今、神奈川にいる。新人なのに転勤とか、めずらしいよな。そっちは』
「え、神奈川とか、電車ですぐじゃん。こっちは相変わらずだよ。埼玉に住んでて、東京の会社に通ってる。あ、でも会社の場所は変わったな。前のオフィスは駒込だったのに、移転で品川になったから、通勤時間が長くなった。だから、電車が暇、かな。乗換無くなったのは楽なんだけどさ」
『で、なんか、用、あったのか』
「うん、なんてこと、ないんだけどさ」

御手杵はなんで自分は今こんな話をしているのだろうと思った。何かもっと伝えなきゃならないことがたくさんあったのではないかと、今更思えてきて、仕方ない。

「大学の頃使ってたウォークマン失くしちゃって、それで新しくiPod買ったんだけどさ、大学の時に聞いてた音楽が、聞きたくなった。俺のパソコンに入ってるデータ、俺の曲だけで、同田貫の曲が入ってなくて。パソコン買い替えた?」
『さすがに、あの大学用パソコン使い続けてるわけねーだろ。つーか、壊れて、どうにもなんなくなって、買い替えた。データも残ってない』
「そっか。そうだよな」
『もとのCDなら、あるんだけどよ』

この会話の間に、どれくらい、頭を回しただろう。今になってから、自分がどれだけひどいことをしたのか、今も同田貫が好きだとか、そういうものがこみ上げてきた。そして、自分は今とても女々しいことをしているんじゃないかって、そんな気分になった。

「家って、神奈川の、どこ」
『石川町駅から徒歩15分くらい』
「え、京浜東北線で、一本だ」
『そんな近くだったのか』
「えっと……」
『……曲名とかアーティストだけ、教えるか?』
「……」

御手杵は、同田貫に会いたくないわけではなかった。むしろ会いたかった。けれど、三年っていう月日が、ひどく邪魔をしている。大学時代の関係が、ひどく億劫に思えた。

「……話、変えていい?」
『……いいけどよ』
「大学時代って、俺ら、付き合ってたのかな」
『付き合ってたんじゃ、ねーの。多分』
「過去形に、なる、かな、やっぱり」
『流石にな』
「今、俺、どうしよう」
『なにを』
「今更、やっぱ好きだとか、会いたいとか、そういう、女々しいこと」
『俺たち、本当に付き合ってたかも、わかんねーのに』
「うん」
『別れたかも、わかんねーのに』
「うん」

会話がぷつりぷつりと途切れるようでいて、目に見えない細い糸ひとつで繋がっているようだった。御手杵は今にも泣いてしまいそうだった。あの夏の、二人で過ごした季節が、喉が渇くからといって、水を飲みながらセックスしただらしない思い出が、蘇ってきて、ともすれば催しそうだった。ひどい感情だ。自分がとても酷い男だと、自覚している。相手が女だったらきっと、横っ面を張り飛ばされても文句は言えまい。男でも、一発は殴られる。はじまりはなんだったか。そう、たったひとつのウォークマンを、失くしてしまったこと。その中に、きっと、わすれてはいけない、忘れたくない言葉どもが、眠っていた。メロディーにのって。

「……やり直さないかって、言ったら、怒るか」
『怒りは、しねーけど』
「もう好きじゃ、ない?」
『そういうわけでも、ねーけど』
「じゃあ、何」
『俺ら、こういうことするのに、少し、大人になりすぎた気がする』
「……うん」

もう、あんなふざけたセックスができる気はしなかった。もっと真面目に、将来のこととか、考えて、とか、そんなことを思った。大学の頃将来のことを考えてなかったかって言われたら、そんなこと、ないのに。けれど今で言う将来と、大学の頃の将来ってのには、天と地ほどの違いがあって、それがとても、もどかしい。御手杵が黙っていると、電話口で同田貫が溜息をついた。諦めたような、決心したような、そんな溜息。

『でも、まぁ、とりあえず、CD、聴きに来いよ。そして、俺にあんたの曲、聴かせてくれ。CDプレイヤーなら、新しいの、買ってあるから。多分、iPodでも、大丈夫だから』
「……うん」

どうしてだろう、もうすっかり秋なのに、寒いくらいなのに、ここだけ、夏のように、暑い。死んだようにしていた蛹が、羽化するみたいに、あたたかい。きっと、同田貫のCDは増えている。前と同じでは、きっと無い。あの夏は、死んだのだ。でも、どこかで生きている。例えば、思い出の中、とか。


END


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