夢の光源氏計画、はじめました




いつもの日常だった。練度が上がり、夜戦にも慣れ、いくつかの死線をくぐり抜けて、同田貫は凡人にはいささか殺伐とした日常に身を浸していた。そんなある日、最近戦に出ていないなあ、主は何を考えているのだろうなあだとかぼんやり考えながら廊下を歩いていたら、後頭部を、がつん。本丸だからと油断しているつもりはなかった。警戒はいつも解かずにいる。それなのに、死角から、気配もなく、殴られた。それだけで同田貫はごとんと昏倒し、意識を手放した。手放す前、薄れゆくそれの中、見知った靴下を見たような気がしたが、それが誰のものなのかがわかる前に、意識は途絶えた。



パッとスポットライトが当たった。それは瞼という紗幕を貫通するほどには眩しく、同田貫が意識を取り戻すには十分だった。まずすぐに起き上がろうと思ったが、腕は布で拘束されている。手触りから自分が普段身につけている上着だろうとわかった。それから、口を閉じることができない。なにか拘束具(それはスパイダーギャグであったが、同田貫には知るよしもない)のようなものがはめられている。丸い輪っかのようなものが口の中に入っており、その輪郭の中から舌がだらしなく垂れてしまう。口を閉じることもできないので、唾液がだらだらと顎を伝わり、転がされているシーツに染み込んでゆくのを見守ることしかできなかった。足は頑丈なベルトで拘束されており、折れ曲がったまま動かすことができない。同田貫がこういった現状を把握するより早く、男にしては高めの声で、なにかが叫ばれた。

「おお!意識を取り戻しました!どうですこの黄金の瞳!美しく鍛え上げられた肉体!性格は粗雑で乱暴そのものですが、そちらのほうが調教しがいがあるというものでしょう!そしてこの状況に陥っても臆せぬこの眼差し!なんと素晴らしい!あなたの手練手管でこの傷跡が薄紅色に燃える様を見て見たくはありませんか!?さらに初物です!こちらでも道具など一切使っておりません!すべてがあなたの手に委ねられております!さあ!夢の光源氏計画とでも申しましょうか!まずは小判10000000枚から!」

スポットライトが眩しすぎて、周囲の状況が把握できない。左耳にじりじりとした痛みを感じる。なにかタグのようなものが取り付けられているようだった。これはどういうことなのか、同田貫は必死であがいた。しかし拘束具は緩まず、むしろ後ろに係でもいたのか「静かにしろ」とバラ鞭で叩かれた。その感覚で気がついたのだが、下半身が全裸だ。下半身どころではない。腕を拘束している布以外衣服は剥ぎ取られている。同田貫が「どうなってやがる!」と叫ぼうとしたが、それは情けない母音の集合にしかならなかった。

同田貫が混乱を極める中でも、なにかの取引のようなものは着実に進んでいた。スポットライトの向こう側には広さのわからない観客席があり、そこから「12000000枚!」だとか「15000000!」だとか、小判の枚数が叫ばれている。この時点で同田貫は、オークションだ、と、気がついた。自分が商品になっているのだとわかった。それも、戦さ場で使われる刀としてではなく、愛玩用、性行為用の道具として。寒気が走った。どこにいるともわからない声の主をじろりと睥睨してみたところで、状況は一向に変わらない。値段もどんどんつり上り、小刻みになってゆく。よだれが顎を伝って、ぽたり、また落ちた。おそろしいと思った。どうにか顔に出すことはなかったが、しかし、どうしようもなく恐ろしかった。自分は刀だ。戦場でこそ真価を発揮する。そんな、欲望のはけ口なんぞになりたくない。ガシャンガシャンと拘束具をならし、威嚇の声をあげる。それすらも観客には見ものなのか、拍手さえ起こる。情けない。くやしい、辛い。同田貫の表側の殻がばらばらと剥がれ落ちそうになった時、よく通る声で「小判100000000枚」と聞こえた。会場が静まりかえる。しーんとした静寂が床まで落ちきった時、「落札です!小判100000000枚!138番のお客様!」と声がした。同田貫は静かに項垂れる。何もすることができなかった。なんにも。

同田貫は厳重に拘束し直され、裏方で白い服に着替えさせられた。そうして、「失礼のないように」と形ばかり言い含められ、落札者の元へと引き渡された。いったいどんな物好きな変態が自分を買ったと言うのだ、と、まだちかちかする視線をあげると、そこにいたのは見知った顔だった。

「おて、ぎね……?」

同田貫が呆然と呟くと、御手杵は「迎えにきた」とだけ返して、持っていた鍵で同田貫の拘束具を全部解いてしまった。

「最近多いんだとよ、刀剣男士を狙った闇売買。犯人も刀剣男士だとか、政府の刺客だとか、そういう噂が流れてる。詳しくはわかんねーけど、同田貫がいなくなったからまさかって本丸中で大騒ぎになってさあ。まさか、ほんとに売りに出されてたなんてなあ」

そう言ってから御手杵は、流れるような仕草で、同田貫を抱きしめた。

「怖かったろ。ほんと。なんもなくって、よかった」

そう言われて、頭を撫でられると、言いようのない感情がぷつんぷつんと湧いてきて、恐ろしかった。自分ががらがらと崩れてゆくのがわかった。そうして感情が溢れ出して、必死で、御手杵の背中にしがみついた。よかった、これで帰れる。本丸に。あの戦場の中に。日常の中に。


御手杵は同田貫が安心するようにと配慮してか、同田貫の手を引いて歩きだした。しばらく歩くと、鳥居が見えたその鳥居の向こうは本丸だ。御手杵はいつものようにそこを「開錠」するのかと思いきや、突然、知らない文言を口にした。同田貫が驚く間もなく、鳥居の向こう側の景色が見える。それは本丸に似ているような、違うような、どこか、どこかが、ちがう、場所。

「おてぎね……?」

御手杵は何も答えず「ほら、行くぞ」とだけ。その瞳の暗さと、あの、意識を失う前の靴下が、バチンと音を立てて、繋がる。冷や汗が背中を伝った。どうして刀剣男士を売り捌く場所に刀剣男士が入ることができたんだ。あの大量の小判はどこから。いや、記憶が曖昧だ。あれは幻覚だったのか。それとも。頭を抑えようとすると、唯一外して貰えなかった左耳のタグがカチリと爪に当たる。

「ほら、おいで」

御手杵の手が伸ばされる。声が、直接脳みそを揺さぶって、ぐらんぐらんして、なんだか、ヘン、だ。意識が混濁する。腕が勝手に。

「いい子、いい子」

御手杵の声。御手杵の、声。自分の主の、声、だ。従うべきだ。従わなければ。そうして、この場所で、ふたり、ずっと……。
































「……っていう、同田貫を闇オークションで競り落として、偽本丸に連れ帰ってめっちゃえっちな毎日過ごす夢見た」
「ほーそりゃおめでたい脳みそだな」
「うん。幸せな夢だったなあ」

縁側で二人して寝転びながら、ぼんやりと、そんな話をした。同田貫はなんでそんな話を聞かされるのかというような、辟易とした顔をしている。そうしてふと思い出したように、御手杵の手が、同田貫の左耳に触れた。ぷつり。

そこには穴が空いていた。昔、タグのついていた、穴。


END


元ネタはあぐさんより

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