勝手に好きだと言わないで




同田貫がいつものように夜遅くまで仕事をして、帰宅すると、玄関の前に見知らぬ男が座り込んでいた。同田貫はそれなりに腕に覚えがあったからなのか、それとも仕事でストレスが溜まっていたからなのか、「おい、そこ俺の部屋なんすけど」などとつっけんどんに言い放った。すると座り込んでいた男は顔をあげる。そのかんばせに、同田貫は古い記憶を掘り起こさなければならなかった。そうだ、多分、この男と自分は知り合いのはずだ。たしか高校で、と、そこまで思い出したところで、相手の男が「俺、高校で一緒だった、御手杵。久し振り」と言ってきた。そう、この男の名前は御手杵。他の奴らも合わせて何人かで仲良くつるんでいた記憶が蘇る。すると、仕事のストレスとか、色んな負の感情とか、そういうものがぶわっと吹き飛んで、まるで高校生に戻ったかのように、「ああ!久し振りだな!なんだよ、どうしたんだよ、連絡も寄こさずに」なんて、高校時代に気まずい喧嘩をしたことも、殴り合いの喧嘩をしたことも忘れて、懐かしさだけがこみ上げてきた。御手杵は「実はアパート追い出されちゃってさあ、3日間だけ、泊めてくんない?」としおしおとお願いをしてきた。

同田貫は部屋は散らかっていなかったか、多少散らかってはいたかもしれない、しかしゲスト用の布団なんてない、なんてことがぐるぐると頭をめぐって、「他の奴らには聞いてみたのかよ?」と、悪い気はしていないように言った。すると御手杵は「あんたが、最後の砦」と言ってきた。こうなってしまっては、もう、どうしようもない。

同田貫はそこらに転がっているカップ麺のゴミとかをそれなりにまとめて、部屋を少しすっきりとさせた。それから、「晩飯は?」と尋ねる。御手杵は「すませてきた」と返したので、同田貫は自分のぶんだけ晩飯を作った。作ったと言ってもカップ麺だ。同田貫が律儀に3分待っているあいだ、御手杵は「3日間、泊めてくれるだけでいいから。飯とか、そういうのは自分でなんとかするから」と言った。同田貫はそこまで気を遣わなくったっていいだろうとも思ったが、本人がそういうのであれば、それでかまわないとも思った。

御手杵は多少の荷物を持っていた。そこに3日ぶんの何かしらが入っているのだろう。着替えだとか、食料だとか、そういうもの。それよりも、重要だったのは寝床がひとつしかないということだった。同田貫は一人暮らしで、高校を卒業してからは人が泊まりにくるようなこともなかったため、ゲスト用の布団というものがない。畳敷きのアパートなので、ソファなんて洒落たものも置いていない。御手杵なんていう自動販売機より背丈のある男がいると少しどこでなく手狭にかんじるほどの部屋に、同田貫は住んでいる。ものも少なく、必要最低限のものを、できるだけ補修したり、補強したりして、丁寧に使っていた。御手杵はそんな同田貫の部屋を見回して、「ああ、かわんないなあ」なんて、こぼした。なんだかそれは不思議な音色で、いっぱいの水があふれてしまったような、そんな声音だった。

同田貫と御手杵はさかさかと風呂を済ますと、さてどうしよう、という顔になった。季節は初夏。それなりに暑いので、掛け布団と敷布団を分けて、それらを下に敷いてタオルケットをかけて寝るという選択もある。けれどそれでは掛け布団の方が確実に背中を痛めるだろう。うんうんと同田貫が唸っていると、御手杵が、「一緒に寝る?」と言ってきた。同田貫は自然な流れで、「いいけどよ、狭かねーか」と返した。二人の距離はそれくらい、近い。御手杵は、「ちょっとくらいはみ出したっていいよ」と言った。同田貫は、そうさなあ、ちょっとくらいなら、いいだろうと、そう思った。

じっさい、二人でひとつの布団に入ってみると、御手杵の足ははみ出すし、同田貫の腕ははみ出すし、散々だった。それがおかしくって、くすくすわらった。

「おい、へんな気起こすなよ」

同田貫がそう言うと、御手杵が「へぇ、どうしようか」と、子供のように返してきた。

「なんだよ、お前、高校の時彼女いたじゃん。あれからどうなったんだよ」
「別れた」
「ふーん」
「もう、ずいぶん、前。きっと、本当は、俺、あの子、嫌いじゃなくっても、好きじゃなかったんだと思う。なんにもしなかった。しようと思わなかった」
「モテるってのも、大変なんだな」
「うん」

二人は始め背中合わせで話しをしていたけれど、沈黙が天井から降ってくると、御手杵が寝返りをうった。声がぐっと近くなって、同田貫の身体の上に、少し重たいものがのしかかる。

「俺ってさあ、ほんと、なんもうまくできないんだ。結局、こんなかたちでしかさ、うまいこと、……うまいこといってないかもしれないけど……なんていうのかな……なんだか、辛いんだ」
「どうしたよ、急に」

御手杵の腕が同田貫の身体を這って、腕を伝い、その手のひらを探し出した。そうして、しっとりと重なったそこから、御手杵の寂しさのような、切なさのような、そんな、どうしようもない感情が流れ込んでくる。

「握って」
「子供みたいだな」
「うん、子供なんだ」
「俺たち今年で25なんだぜ。信じられるか」
「ああ、アラサーってやつだな」
「全然実感ない。なあ、御手杵は、高校卒業してから、何してた?」

その質問に、御手杵はしばらく沈黙して、「いや、普通だったよ。普通に働いてた」と答えた。同田貫はそれが過去形であることに少し疑問を持ったが、特に気に留めるようなことでもないと思った。同田貫も同じようなものだ。一度転職したが、それでも間をあけることなく働いている。ストレスは適度にあるが、それと同じくらい、日々が充実していた。悲しいことも辛いこともたくさんあるけれど、それと同じくらい、嬉しいことや幸福に思うこともあった。普通の人生を歩んでいる。それはもうしばらく、もしかしたらずっと長く、続くのだろう。今の日本の平均寿命を考えたら、それは恐ろしく長いような気がした。きっとその中で、自分は沢山の経験をして、辛い思いも幸福も噛み締めて、皺に刻んでゆくのだろうなあと、同田貫はどこか漠然とした思いがした。御手杵の手が、少し、冷たい。

「もしかして眠れないのか?」

眠い時は手が温かくなると聞いたことがあった。ひんやりとした御手杵の手を温めるように、同田貫はそれを両手で包んでやる。御手杵は「うん、眠るのが、勿体無い気がして」と言った。

「そのうち、いやでも眠くなる。そういう風に、できてる」
「うん」
「少しだけなら、なんか話そう」
「何話す?」
「明日の朝飯の話とか」
「そっか……うん、そうだよなあ、明日も、あるんだもんなぁ」
「なにへんなとこで感慨深そうにしてんだよ」
「うん、そうだな、へんだな」

御手杵がひっそりと笑うのが、同田貫にはわかった。

「もうちょっとだけ、くっついていい?」

御手杵がそう言った。同田貫は寒いのだろうと、「いいけどよ」と言った。そうしたら御手杵の身体がぴったりと、同田貫にくっついた。温かくも、冷たくもなかった。よくわからない感覚だった。変な違和感を覚えた。これはほんとうなのだろうかとおもって、それを御手杵に問いただしてみようかと思ったけれど、すぐに眠気がやってきた。まるで、御手杵が魔法でもかけたみたいいに。


朝目覚めると、すぐに自分が寝坊したのだとわかった。30分の寝坊だ。同田貫はがちゃがちゃと準備をしながら、布団でのんびりしている御手杵に「お前、仕事は?」と尋ねる。御手杵は「有給」とだけ答えた。「へんなとこ探したり、余計なことすんなよ」、とだけ言い残し、バタバタと家を出た。

その日は普通に仕事をして、普通にミスもして、普通に怒鳴られて、普通に先輩に慰められた。こんなことの繰り返しだ。怒鳴られるのなんてそんなに怖かないし、慰められても、あんまり、腑に落ちない。ミスをするのは人間だから当たり前だし、そうよくあることではなかったが、まぁ、ルーチンの一環だろう。そうやって、人生を浪費してゆく。なんだったのだろうと、思う。あの、眩しいくらい、毎日が輝いていた青春の、学生時代は。あの、胸が苦しくって、窒息してしまいそうなほどに濃密で、思い出深い、遠い日々は。今は、なんだか吸っている空気すら薄っぺらに感じる。悲しいとは思わない。そんなもんなんだと思う。けれど、どこか味気ない。

当たり前のように残業をして、家に帰ると、電気がついていた。御手杵がいるからだ。そうだ、御手杵がいるんだった、と思い出すと、急に空気の密度が濃くなった。晩飯はなににしようとか、今日も布団をどうしようとか、風呂の順番とか、そういうことが頭を埋め尽くす。御手杵はクローゼットの中に押し込んである秘蔵のコレクションを見てはいないだろうかなんて考えてから、男同士だもんなぁと、少し笑った。

「ただいま」

同田貫がそう言うと、御手杵が「おかえり」と言ってくれた。このやりとりが、なんだかとても懐かしかった。一人暮らしが長くなると、こういう何気ないところで涙腺が刺激される。家に帰って人がいるっていうのが、なんだかとても幸福で、胸にぽっかり空いた穴をすとんと埋めてくれるような気がするのだ。

「御手杵、夕飯は?」
「ん、もう済ませた」
「そうか。まぁ俺はなんか卵かけご飯でも食うわ」
「栄養偏ってるなあ」
「男の一人暮らしなんてそんなもんだろ」
「……そう、だな」
「なんだよ、その間。お前、料理できたっけ?」
「いんや、からっきし」
「じゃあ文句言う権利ねーだろ」
「はやくいい結婚相手見つけろよ」
「なんだよ、お前だって恋人いないだろ」
「うん、いいんだ、俺は、それで」
「なんでだよ。自分だけ棚に上げて」

同田貫がぶつくさ言いながら小分けにして冷凍してある白米をレンジで温めていると、ぶうんぶうんという音に紛れて、御手杵が「同田貫はさ、好きな人、いんの」と聞いてきた。同田貫はああ、あの人美人だな、だとか、可愛げがあるな、という同僚を何人か思い浮かべてみたが、どれもなんだか違う気がして、「いんや、いないね」と答えた。そうしたら御手杵が、「はやく好きな人作れよな」と言った。同田貫はそれを訝しんで、「なんでだ?」と返す。すると御手杵は頭の後ろをかきながら、「いや、恋って、いいもんだぜ」と、ありきたりなことを言った。同田貫はそれがすぐに嘘だとわかった。昔っからだ。御手杵は嘘をつくとき、決まって、頭の後ろをかく。

色々を済ませて二人で布団に入ったら、また、昨日のようにくっついた。最初は背中合わせで、御手杵が振り返って、くっついて。同田貫は、これで自分も振り返ったら、なんだか気まずくなるんだろうなあと思ったけれど、寝返りがうちたくなって、体の向きを変えた。そうしたら、暗闇の中、仄暗い中の光を反射する御手杵と目が合った。不思議な目だと思った。なんだか、とてもさびしくって、寒くって、つめたいところにいるような目だった。どんな人生を歩んだら、こんな目になるのだろうと思った。同田貫は何か言いかけて、それを喉元で飲み込み、別の言葉を口にした。

「御手杵は、好きなやついる?」
「……修学旅行みたいな話だな」
「いいから、答えろよ」
「いるよ。ずっと、前から」
「ふうん。告ったら、多分OKもらえるだろ、お前だし」
「そうかなぁ。そうでもないと、思うんだよ。むしろ、俺が告白したら、そいつのこと、ずっと苦しめる気がする」
「どうして」
「俺はひどいやつなんだ」
「どこがだよ」
「今、現在進行形で、ひどいことしてる」
「俺に?」
「そう」
「べつに、辛か、ねぇけど」
「なあ、同田貫、本当は、本当は、俺」

そのあと、沈黙が、じっと続いた。それは動かなかった。動かせなかった。とんでもない質量で、とんでもない大きさで、この部屋全体を、包み込んでいるようだった。同田貫が何度か口を開きかけたけれど、終ぞ、何も言えなかった。そのうち御手杵がまた魔法を使ったのか、まどろみが落ちてきて、瞼を、閉じた。その瞬間に御手杵が何か言ったような気がしたけれど、短くて、小さくって、なんにも、聞き取れやしなかった。


翌日は休日だった。同田貫は色々と生活用品が切れていたのでその買い出しに出かけることにした。御手杵も誘ってみたが、「いや、俺はいいよ。他にやることあるから」と言って、同田貫の部屋から出ようとはしなかった。こんな場所でやることってなんだろうと思ったけれど、御手杵が首の後ろをかいていたので、まあそういう気分なんだろうと思うことにした。

同田貫が買い物に出たのは午後になってからだった。少し小腹が空いたな、と、時間もあるので、最寄りの喫茶店に入った。別に顔なじみというほどではないが、そういえば高校時代はよくここか、近くのファミレスでみんなして時間潰したな、なんて思い出した。そうしたら、なんだか見知ったような顔が奥の方の席でさざめくように会話しているのが目に止まった。高校の同級生、というか、よくつるんでいた、御手杵を抜いた四人だ。しかも、みんな揃いの黒装束で、葬式に帰りかというような風貌だった。同田貫は「あ、あれ」と、困惑しながら声をかける。すると同田貫の姿を見た四人、陸奥守と獅子王と大倶利伽羅と和泉守が、急に、気まずそうな顔になった。

「どうしたんだよ、そんな格好、で。まるで、葬式にでも、行ってた、みたいな」

そんな同田貫の問いかけに、四人は顔を見合わせる。そうして、「え、知らな、かった、のか?」と。そうして、獅子王が、口を開いた。

「今日、御手杵の、葬式だったんだぞ」

頭の中に言葉が入ってこなかった。だって、御手杵は今自分の家に。たしかに、いる。どういうことかわからない。四人の口々から、「高校卒業してすぐ難病にかかって入院して」とか「お前一番仲よかったから一番に連絡行ってたと思ったのに」とか、「通夜にも火葬にもいないから変だと思ってたけど」とか、そういうことが、ぽろぽろと語られる。何を信じればいいのか、わからない。頭がぐらぐらして、膝が砕けてしまいそうだった。手がぶるぶる震えて、ここから逃げ出したい気持ちになったし、実際、そうした。泣いたあとがある四人の顔が、いっそう、現実のようで、この三日間が、夢のように感じられた。

店から飛び出して、すぐ、ちょっと喧騒の少ないところで、御手杵の連絡先に電話をかけた。するとつながったのは御手杵のケータイではなく、御手杵の母親の携帯だった。「どういう、こと、ですか」と、絞り出すように言うと、御手杵の母親はそれでもう全部わかったというように、「同田貫さんですね」と、そこから先の話は、覚えていられなかった。


全力でアパートまで走った。走って、走って、真実を突き止めなければと思った。なにか訳があって、こんなことになっているんじゃないかとか、何かのドッキリなんじゃないかっていう微かな希望が、頭の中を何度もちらついては、消えた。あの不思議が感触と、不思議な目のかたちが、それを消してゆくのだ。バタンと扉を開けると、当の御手杵は「おーおかえりー早かったなー」なんて呑気に居間でテレビを見ている。この時間特有の、なんだか薄っぺらな、恋愛ドラマの再放送。そんなの、御手杵は、好きだったろうか。同田貫はふと思ったけれどすぐに、「あんた、なんでいるんだ」と言葉が溢れた。

その時、自分がどんな顔をしていたのか、絶対に、鏡でなんか見たくないと思った。けれど、そのかんばせは御手杵の不思議な瞳には綺麗に写っていて、御手杵はそれで、諦めたように、「あ、ばれちゃった、か」と。

「今日で最後だったんだけど、まぁ、ちょっと早まったと思えば、な。本当の予定だったら、俺はあんたに置き手紙だけ残して、明日の朝にはいなくなってたんだ。それが、今になったってだけの、話」
「だから!なんで!生きてるんだろ!?死んでなんかないんだろ!?だってまだ、まだ俺ら25じゃないか!葬式だのなんだの、全部ドッキリで、実は生きてましたーみたいな、そういうオチなんだろ!?」

同田貫が悲鳴のようにそう叫ぶと、御手杵は諦めたように、ぽつぽつ、語り出した。

「難病ってやつにかかってさ。だんだん、自分が死んでくかんじがする、そんな病気。ああ、死ぬんだなって、思ったときに、未練みたいなのが、どんどんでてきてさあ。それで、毎日、清潔すぎる病室で、考えてた。一番の未練って、なんだろうって。そうしたら、あ、俺、初恋も終わってないんだなって、そんなこと、思いついた。そうしたら、こっからは信じなくっていい話なんだけど、神様が降りてきて、こう、ぼんやり光ってるかんじの。その神様が、死んでから三日間だけ、時間くれたんだ。俺の葬式が終わって、それから少しだけの時間なんだろうな。一晩明けるまで。その間に、未練断ち切ってこいって、言うんだ。あと色々ボーナスも貰った。人生の幸運、ここで全部使い果たしたんだなって思った。そしたら、死ぬのが、こわくなくなった。そして、3日前、俺は、死んだよ。みんな、眠るようだったって、言ってた。そして、俺はここに来た。未練、どうにか、したくって」

御手杵の言葉は信じられなかったが、御手杵は首のうしろをかかなかった。ほんとうなのだとわかった。御手杵は嘘が得意じゃない。こんな作り話、できっこない。けれど、そのことと、それを理解できるかってのには雲泥の差があって、ああ、これが奇跡とか、怪奇現象とか、そういうものなんだなって思うより先に、「なんで」と言った。

「何で、俺のとこに……?」
「俺の、初恋」
「はつこ……」

い、と言い終わる前に、唇にやわいものが触れた。そうしてから、「好きだった、ずっと」と、抱きしめられる。

「気持ち悪くてごめんな。親友がずっとこんな気持ちで接してたなんて、気持ち悪いだろ。ごめん。ほんとうに、ごめん。でも、なんだかもう、どうしようもないくらい、苦しいくらい、好きなんだ。ずっと会いたかった。会えなかった。今もう、ほんとうに、俺だけ、幸せ。最高の人生だったよ」

そう言うと、御手杵の身体がやわくひかりはじめて、「ああ、時間か」と。

「まってくれ、まってくれ」
「ごめん、俺、返事は聞かない主義なんだ」
「まて、」
「そうそう、神様がくれたボーナス、な、俺、生まれ変わるから。あんたの、子供として。だから、はやくいい人見つけて、結婚して、幸せになってくれ。その幸せの中に、俺も、いれてくれ。頼んだ」
「まっ……」

同田貫が御手杵に手を伸ばした瞬間、御手杵の輪郭がなくなって、光が弾けて、消えた。同田貫はその場にへたり込み、「ああ」と呻いた。なにが幸せになれだ、なにが、なにが、こんなにも苦しいものの果てに、幸せなんて、あるのか。これはきっともう、恋だった。終わることのない、恋。相手のいない、一人きりの、悲しい恋。どうして、こんな気持ちで、どうして。

世界が歪んで、ぷつんと切れる。ぷつん、ぷつんと、切れる。切断されてゆく。会いたかったら、子供を持たなきゃいけない。けれど、そのためには相手を一生、騙し続ける。ほんとうの一番は、もう、いなくなってしまった。勝手に、いなくなってしまった。25年で人生が終わるって、どんな気分なんだ。空気の密度が増す。なのに、息苦しい。苦しくって苦しくって、仕方なかった。今ならわかる。恋なんて、するもんじゃない。それがたった一瞬に芽生えてしまったものだったのなら、なおさらだ。それが一生叶うことがないのなら、なおさらだ。もう絶対に、恋なんか、しない。できない。ああ、と声が漏れた。御手杵が最後に触れた唇の隙間から、溢れるように、とめどなく。


END


元ネタは後藤さんより

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